第14話 街道

 まばらに木が生えているだけの、これといって特徴のない街道を歩く。

 時折すれ違う者達は、テクタルクさんを見ては、何だこいつは、というような訝しげな顔をする。


「目立ちますねえ」

「そうですね。ガスマスクなんてもの、この世界では殆ど知られていないので、尚更でしょう」


 知られていないとは言え、ガスマスクがあること自体、どうにもこの世界にそぐわない気がするが、昔の異世界人が伝えたらしい。


「伝えたと言っても、それを持ち込んだ人は製作方法を知らなかったそうなので、技術者が必死で再現したのです。まあ、結局あまり普及しなかったのですがね」

「同じことは魔術で出来るからですね」


 魔法と魔術の違いについて、リーギンさんから詳細に教わったのだが、あまり理解出来なかった。

 結局、魔法は理屈や理論を抜きにして現象を起こす、正真正銘の異能であるのに対し、魔術はきちんと理に則った学問だということしかわからない。

 最も、これらと縁がなければ、この世界の者でもそんな程度の認識らしいから、特に問題はない。


「あとどれくらいですか?」

「この具合だと、あと三日程度ですかね」


 おれ達は、カーデラという名の街を目指していた。正しくは、テクタルクさんとカラムの目的地に、特に行く当てのないおれがくっ付いているのである。

 ラバス王国という国の中都市であるカーデラは冒険者ギルドの支部があり、テクタルクさん達はそこに向かっているという。


「今更ですが、おれの情報が伝わっていたら、マクロルに突き出されないでしょうか」

「ラバスならその心配はしなくても大丈夫でしょう。あそこはマクロルのような人間至上派レーヒンを嫌っていますから」


 それで本当に安心なのか判然としないが、テクタルクさんの言葉を信じることにした。

 それに、旅というのは思っていた以上に大変だったから、早く街に入りたいという思いが強いのもある。

 だいぶ慣れて来たとはいえ、たまにはベッドで寝たい。




 夜、おれ達は一際大きな木の下で野営をすることになった。

 テクタルクさんが手早く火を起こす間に、おれとカラムは食べられるものを探す。


「火があると安心しますねえ」

「そうですね。日本では、これほど火をありがたいと思ったことはありませんでした」

「昔のエントもそうだったはずですよ。我々は植物ですから、本来火は大敵なのですよ。まあ焚き火程度で燃えることはありませんがね」


 そう言いながら、テクタルクさんは火に鍋をかけて水を入れた。

 

 この世界の旅の道具は、おれの世界のおれの時代にも劣らないものだ。

 例えば、火はヤマカジツリフネソウという植物を利用した道具で起こした。

 ツリフネソウはもともと種子を爆発させるように飛ばす植物だが、ヤマカジツリフネソウは種子が弾ける際、火花を伴う。それを安全かつ簡単に行えるようにした道具である。見た目は点火棒に似ていなくもない。


 また、鍋は竜の火袋を加工したものだそうだ。

 火袋とは竜が火を溜め込む器官であり、当然強い耐火性を持つ。その上折り畳んで持ち運ぶことが出来るから、旅人に重宝されているのだ。

 最も、竜から穫れる素材が使われているものはなかなかに高価だから、駆け出し冒険者風情が持てるものではない。だから、そういうものを持っていることは、冒険者にとってステータスの一つとなるそうだ。



「そら、こっちだカラム!……うおっと、危ない、なっ、とっ―――」

「出来ましたよ、カラム、シズキさん」

「あ、どうも」


 カラムとじゃれている間に料理が出来上がった。

 料理番をテクタルクさんだけに任せるのは少し後ろめたかったが、そのテクタルクさん自身が、カラムと遊んでやってください、と言ったのでそうすることにした。


 料理とは燻製肉とタマネギやスイバやその他よくわからない野草を煮込んだものである。

 味付けは特にないが、野外での暖かい食事とはそれだけで美味しく感じる。


「食事とは心が豊かになりますねえ。我々はあなた方のような食事は本来必要ないのですが、わたくしはすっかり虜になってしまいました」

「ああ、確かに食事とは娯楽という面もありますな。火もそうですが、マクロルから逃げてからは今まで当たり前と思っていたもののありがたみを強く感じるようになりました」


 環境によって、当たり前とはいとも容易く当たり前ではなくなる。おれはそれを痛感した。

 おれの身体は悪いものを受け付けないから、不毛の大地でもなければ飢えることはあまりない。それでも温かくて美味しいものを食べられた方が嬉しいことには変わりない。


 そこでまた、勇者達のことを考える。

 彼らがうまくマクロルから逃げ出せても、その先の生活は過酷なものになるだろう。

 彼らは魔法が使え、また肉体的におれより遥かに丈夫だが、ほんの一月ほど前までは普通の学生だったことを忘れてはいけない。


「シズキさん、どうしました」

「ああいや、なんでもありません」


 テクタルクさんの声で我に返る。食事中でもガスマスクを外さないので依然表情はわからないが、おれを心配していることはわかる。

 カラムも、触手を作っておれの体にぺたぺた触れてくる。これも心配しているのだろうか。


「…ギルドには様々な情報が集まるものです。わたくしはずっとカンパマ樹林にいたので知らなかったのですが、勇者召喚ともなれば、近隣に伝わらないはずがありません」

「……ありがとうございます」


 見事に考えていたことを看破されてしまった。

 ああそうだ、勇者召喚とは歴史的な出来事の筈だから、いつまでも隠し通せる訳がない。ましておれ達が派手にやったのだから、なおのこと。

 カーデラに着いたら、色々と情報を集めてみよう。

 そう決めた。




「金が、少ないな」

「こればかりは仕方ありませんねえ」


 テクタルクさんの見立て通り、三日後にカーデラに着いた。

 しかしこれまでに関所を通ったことで、おれの持っていたなけなしの金はさらに少なくなっていた。


「おれの持っていたのがラミデルソ銀貨だったのが幸いでした」


 マクロルで流通していたラミデルソ銀貨は、このラバス王国で使われている貨幣よりも価値が高いので、金が足りないことはなかった。なかったが、当然減るには減る。


 勇者達の情報もそうだが、ある程度は金もいる。どうしたものか。

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