第13話 命の価値

「くう……傷に響く」


 でかい図体の割にリードヴァーグの乗り心地はなかなか良く、歩行で生じる振動は僅かなものなのだが、今はその僅かな振動さえ、肩の傷に障った。




 あれから二日、リードヴァーグは再びおれ達を乗せて歩き始めた。

 何度か光輝魔法に撃たれたはずだったが、もう回復したのだった。


「リードヴァーグの生命力は凄いんですよ。これだから昔の人間も倒しきれなかったわけですね」

「俺が撃たれてたらまずかったな」


 あのとき現れたもう一体のリードヴァーグはフレイさんだった。

 幻煬人は姿を変えられると言っていたので、リードヴァーグに変身するようにお願いしたのだった。だがその変身は中身の伴わない、いわば側だけのものなので、本物のように光輝魔法に撃たれていたら大変なことになった。


「しかし、災難だったねえ。また彼らみたいなのが出てこなかったらいいんだけど」

「まったくだよ。カラムも大変な目に遭って辛かったろう。……うん?楽しかっただって?肝が太いなお前は……」


 リーギンさんは全身に傷を負っていたが、既に日常的な行動をする分には殆ど支障なさそうだ。テクタルクさんと採ってきた薬草が効いているようである。

 カラムも今ではもとの潰れた球状に戻っている。テクタルクさんによると、よく食べてよく寝れば治る、とのこと。健康優良児である。


「お前はどうだ、傷の具合は」

「まだ痛みますが、かなりよくなりましたよ」


 貫かれた肩はテクタルクさんとリーギンさんによって適切な処置を施された。

 二人は森の民故に薬草の類に明るく、またリーギンさんは治癒促進の魔術を使えたので、驚くほど回復が早い。


「それにしても、シズキさんの毒は凄いですねえ。彼らも森に入る前に、毒への対策は十分にしていたでしょうに」

「これでマクロルの銀槍官も倒しましたからな」


 その後すぐ復活したが。


「いやほんと、君のお陰で僕もカラム君も助かったよ。あのままじゃ本当に殺されてたかもね」

「お前がそういうとはな。まあこんなデカブツ狙いともなりゃ、あいつらも相応の実力があったわけだ」

「だからこそ、リードヴァーグも満足したでしょう。特に魔法使い二人は、栄養たっぷりでしょうから」


 密猟者どもはリードヴァーグの腹に収まった。

 本来ならどこぞの街まで行って官憲に突き出すべきなのだろうが、彼らを連れていける者はいなかった。

 そもそもリードヴァーグの乗客の大半はそんな法とは無縁の魔物であり、人型の者達もあのとき彼らに手が出なかった連中だから難しい。

 ではおれ達はというと、まずリーギンさんとフレイさんはこのまましばらくこの森を旅する予定であり、残るはおれとテクタルクさんとカラムとなる。

 無理。

 おれは一般人である。彼らが回復したら忽ち殺されるに違いない。テクタルクさんとカラムも、五人一斉にかかってこられたら対処は難しいと言っていた。


 というわけで、リードヴァーグの食事という形で処分することになったのだった。


 思うところがないでもないが、その決定を聞いたときは、正直どうでもいいという感想だった。

 理屈で言えばおれが奴らの心配をする義理なぞない。そしておれは肩を刺し貫かれるという初めての経験のせいで、自分のことで手一杯だったから、そんな連中に気を遣う余裕がなかった。


 せめてもの慈悲として、意識がないうちに終わらせた。


 そういうことで、この事件は集結したのであった。



「そういえばテクタルクさん」

「何ですか」

「そのガスマスクは、一体」

「格好良いでしょう!」

「確かに」

「それ、僕と初めて会ったときから被ってたよね。当時は何だこの不審者はと思ったよ」

「てかガスマスクって何だ?幻煬宮にはそんなもんなかったからわからん」


 あんなことがあった直後でも、皆それまでと変わらない様子でいた。

 まあ、おれもどちらかというと、あまり物事に頓着する人種でもない。だから程なく慣れた。


 ただ、この世界の命の重さがおれの常識と決定的に違うこと自体は、まだ慣れたとは言えない。

 テクタルクさん達は密猟者どもを処分することを、さして迷うことなく決定した。

 密猟者どもにしてもそうだ。彼らの攻撃に巻き込まれたとき、おれはリードヴァーグやそれに乗っている魔物は無害だから彼らを許せないと思ったのだが、よくよく考えればそれは違う。

 魔物を狩って食べたり、食べずともその肉だの皮だのを換金して生活することは、この世界では当たり前のことなのだ。無論、密猟は悪いことだが。

 そもそも、そんなことはおれの世界でもやっていることだ。そうすることで人間は生きている。

 至極当たり前のことである。それが生活の糧で、それを非難することなぞ誰にも出来ない。

 おれは恵まれた日本人だから、そのことを忘れていたのだ。


「こればかりはおれがこの世界に合わせないとな」


 此度の件は、それを強く認識する良い機会であった。

 そう思うことにした。




 リードヴァーグに乗って一週間。

 乗ったときと似た広場が現れ、おれとテクタルクさんとカラムはそこで降りた。

  

「それじゃあ、僕らはこのまま行くよ。金の風の導きがあれば、また会おう。キミ達との旅は楽しかったよ」

「刺激のある一幕もあったしな。あとシズキ、お前の世界の話も、幻煬宮ともこの世界とも全く違ってて面白かったぞ」

「それは話した甲斐がありますな。こちらこそ、幻煬宮の話はとても興味深かったです」

「それでは、さようならです。リーギン、達者でな。フレイさん、リーギンをお願いします。そやつは少し惚けたところがありますので」


 その言葉にフレイさんが笑う一方でリーギンさんはやんわりと抗議したが、テクタルクさんは華麗に受け流した。

 そして最後にカラムが一際大きく、こおおん、と鳴いた。その響きが別れを惜しむようだったのは、おれの気のせいではないと思う。


 やがてリードヴァーグが歩き出し、その姿が木々の向こうへ消えた。


「では行きましょうか」


 そう促したテクタルクさんの横にカラムが並び、おれもその後に続いた。

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