第12話 密猟者2

 おれのする事は極めて単純である。

 密猟者どもの最中に突っ込んで毒を吐いてやるだけだ。


 

 森の奥からリードヴァーグがもう一体現れた。そのリードヴァーグはゆっくりと歩を進めて行くが、あるところで止まってしまった。

 だが、おれ達の乗っていた個体とは違い、亀の歩みよりも少しずつだが確実に前へと進んでいる。


「止めきれていないね。むしろ“本物”をああして止めた上に僅かでもまだ余力があるんだから、相手さんも大したものだよ」

「奥の“手”はあると思いますか?」

「ないとは言えないけど、あっても一つじゃないかな。――――じゃあ行こう、カラム君」


 リードヴァーグを足止めしている魔法について、その正体は“掌握魔法”だろうというのがリーギンさんとテクタルクさんの見解であった。

 掌握魔法とは一言で言うと念動力のようなものである。もう少し正確に言うと、“見えざる手”を操るようなものだという。


「――――いっ、――……かっ――!」

「――……んで!くっ――――」


 間髪入れず、どこからか怒声が漏れ聞こえた。

 連中、さすがに声を上げずにはいられなかったようである。リーギンさんとカラムが上手くやってくれているのだ。

 

 リーギンさんとカラムはおれが飛び込む隙を作るため、先に切り込んだ。

 一人と一体だけなら逃げるよりも密猟の目撃者を始末するために、その場に釘付けになるのでは、という公算だった。目的であるリードヴァーグが二体もいれば、尚更である。

 ただし、時間を掛ければやはり逃亡を選択されるかも知れないので、その前におれが突貫するのだ。 


「ではシズキさん」

「ああ、頼」


 白い光が迸った。

 これまでに何度かリードヴァーグを撃った、魔法の光だ。


「…………っ」

 

 数秒後。

 今度は間近でなかったので、すぐに目を開けられた。


「今のは、まさか」

「光輝魔法……!こんなに早く……!?」


 光輝魔法とは、光を放つ魔法である。単純に光源としても使われるが、密猟者の中にいる魔法使いは、攻撃のために使用していた。

 しかし破壊力を伴わせるには多量の魔力が必要で、リードヴァーグの結界を破るほどとなれば相当に消費する。事実、あのあとは一度も光を撃ってこなかったので、魔力が枯渇したか、或いは回復に専念しているのだろう、とリーギンさんは言っていた。


「もう回復したのか……!」


 そして今の光は敵の潜んでいるであろう場所――つまりはリーギンさんとカラムが戦っている場所でもある。

 なおのこと急がねばなるまい。


「テクタルクさん、早く。今が好機では」

「…ええ、そうですね。ではいきますよっ」


 テクタルクさんは頷くと、その背中から太い蔓が何本も伸びておれに巻き付く。

 そしてそのまま地中へと潜行した。


 リーギンさんとカラムが敵を引きつけているとはいえ、真正面から突撃しては魔術の防壁で防御されてしまう。二人は戦闘経験があるので上手くやっているようだが、おれにはそんなものはない。だから敵の防御をかいくぐるなぞ不可能である。


 故に地中を通って敵の足元から現れるのである。

 ただし問題はある。とても苦しいのだ。

 蔓とそれから出た葉で守られているから、土などによる被害はあまりない。だがそれ故に、空気が薄く呼吸が苦しい。


 まだか――――まだか――――


 来た。


 蔓が地上へと飛び出し、おれはそこから転がり出た。


「なんだ!?」

「お、おい後ろに!?」

「クソッ!お前も――――っあ゛!?」

「っんだ……頭、が……!」

「は、……!……っ!?」


 そして同時に、一度毒を吐く。

 密猟者どもは一斉に、頭や腹を押さえて倒れ伏した。



 一つ考えが足りなかったのは。

 地中では息が出来なかったために、初めに吐いた毒息では量的に不十分だったことだ。



 一人、少し離れたところ剣を振っていた奴は、倒れずに踏ん張ったのだ。


「このっ…死ねやっ!」

「くあ゛……!」


 そして、そいつに肩を貫かれた。

 

「はっ…阿呆めっ……」


 だが、それは駄目だったな。


「う……はあ……」

 

 おれの血肉の毒性は、おれが意識的に吐き出すそれとは格が違うのだ。

 おれの血液が直接粘膜にかかることはなかったが、その血臭にやられ、敵は意識を失った。


「あー……痛い……」


 怪我はしたが、概ね無事終了。

 作戦完了、である。




「やあ……シズキ君……君は肩で剣を……栽培、出来たんだね……」

「……そう言う、リーギンさん、こそ…血化粧が、趣味だとは……思いません、でした…」

「カラム君と、お揃いさ…ねえ……?」


 おれ達と同様、こおおん、といういつもの声には張りがなかった。


 リーギンさんは無事だった。いや、全身傷だらけだから無事ではないが、ともかく生きていた。 

 カラムもぐじゅぐじゅとなっていて形を維持するのが辛そうだから、疲弊しているのだと思う。

 そしておれは肩に剣が刺さったままである。抜くのが怖いから、とりあえずそのままにしている。

 無論、とても痛い。


「君、一撃必殺じゃなかったねえ…」

「少し、浅慮なところは、ありました…」


 二人で仲良く、酔っ払いのような足取りで歩く。半分溶けかかっているようなカラムは、リーギンさんの肩に貼り付いている。

 

 ――――それにしても、先程はあの密猟者に向かって阿呆と言ったが、阿呆はおれも同じである。

 元の世界なら、地球なら、吐く息の量なぞ考える必要はなかった。向こうでの“普通”なら、最初の吐息で終わっていたのだ。


 最後におれの肩を貫いた奴は、死ね、と言った通り、おれの心臓を貫くつもりだった。だが、奴も僅かとはいえおれの毒を吸い込んでいたせいで、狙いが定まらなかったのだ。

 奴がもう少し耐えていたら、おれは死んでいた。


 この世界で戦うことに慣れている人間は、おれの想像以上に肉体的に強い。

 マクロルの銀槍官でそれを思い知ったからとても強く濃い毒を吐いた。それでも、ほんの些細でくだらない要因を考えなかった結果、こうなった。


「難しい、な…いたた……」

「まあまあ…よくやったと…思うよ…。君は、それ以外に…これといった力を…持たないというのに」

「恐縮です……」


 まあ、いい。

 とにかく、欲深な連中は片付いた。今はそれでいいとしよう。

 あと肩痛い。

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