第10話 魔物バス
体長は二十メートル以上、背丈は五メートル程度といったところか。空を泳ぐ甲冑魚や自動車ほどもある蜘蛛など、大きな魔物は何度か見たが、これは優にそれらを超える。
体毛のない金色の筋肉質な体である。そして背中のあちこちに凍った煙のようなものが並んでいて、六本の太い脚には装飾の入った装甲を付けている。頭部は兜そのもので、その周りに黄金の鬣と長い角を備えている。
「これがあのリードヴァーグですよ」
テクタルクさんはそう言うが、“あの”と言われてもわからない。
「リードヴァーグをご存知でない?…服装からもしやと思っていましたが、ムユルカやベレメツとか、サンドヴァ辺りから来られたのですかな?」
「ちょっと待ってください」
一度に幾つもの名前が出てきてわからない。だが、一つだけ言うべきことがわかった。
「私はつい最近、異世界から来まして」
「……あー!異世界から!なるほどそうなんですね、それなら知らなくて当然ですね」
テクタルクさんは納得してくれた。この世界では異界からの来訪者は世間一般に認知されている。
「先祖が異世界から来たという方なら知っていますが、異世界の方自身に会うのは随分久し振りです」
認知されていても、珍しくはある。
続いてリードヴァーグなるものについて掻い摘まんで説明された。
時は約三百年前、最後の人魔大戦の頃である。曰く、移動能力に恵まれていないが攻撃力の高い者を載せるために、魔族側は巨大な魔物を幾つか生み出した。その内の一種がリードヴァーグである。
「つまり、個体名ではなく種族名か」
「そうですそうです。で、ただ載せるだけでなく、そのまま戦うこともあったとか。ほら、ご覧の通りあの高さですから、あんなところから攻撃されればたまらないでしょう」
「タンクデサントのようなものか」
「あなたの世界にも似たものが?」
「まあそんなところです」
それで、何故そのリードヴァーグがこんなところにいるのかというと、一部のリードヴァーグは人間に接収されたが、戦後は人間の手には余った。そこで自然に戻されたらしい。
「こんな大きなものを?それに自然といっても、魔族の住んでいるところに返すべきでは?」
「というのは建て前で、戦後も魔物を利用することに多数の反発があって処分しようとしたところ、強すぎて出来なかったというのが真相です」
「なるほど」
自然界では大きさとは強さである。まあ魔法などの要因が絡めば、その限りではないのかも知れないが。
「あれもそういったリードヴァーグなのですが、今ではこのように、この森の移動手段になっているのです」
「移動手段」
「何か、まあ、主に食べ物を代金として、体に載せて運んでくれるのですよ」
「ほう」
それでここに魔物達が集まっている理由がわかった。リードヴァーグはいわばバス、或いは電車で、この広場は駅といったところなのだろう。
おれも乗りたい。これまでに採った果実などはあるが。
「食べ物とは、こんなのでもいいのでしょうか」
「充分ですよ。リードヴァーグは大抵のものは食べられますから」
それは親近感が湧く。
「では行きましょうか」
おれはそう言ったテクタルクさんとともに、列へ並んだ。
「はーマクロル王国でそんなことが?それは災難でしたねえ」
「…十年くらい前、何もしていないのにあの国の連中に狙われたが、あのときと何も変わらんな」
「建国当時は――あ、二百五十年ほど前なんだけど、あのときはまだこんなじゃなかったんだけどねえ。どんどん酷くなっていくなあ」
リードヴァーグの背中は凍った煙のような装甲のおかげで、滑り落ちる心配はない。
そんな所で、おれはテクタルクさんと、偶然会った彼の知り合いとその連れの方と話していた。カラムはテクタルクさんの傍らでおとなしくしている。
「てかキミ、狙われていたのかい」
「あれらからすれば、俺達
テクタルクさんの知り合いは背の高いエルフの男性で、名をリーギンといった。
そしてリーギンさんの連れは燃える影法師のような姿で、フレイという名前だった。初めに見たときは魔物だと思っていたが、フレイさんは幻煬宮という異世界の人――幻煬人らしい。
「俺もお前もマクロル絡みで碌な目に遭わなかったわけだ。あの国は異世界人に優しくないな」
「まあ何もしなくとも衣食住は提供されたので、そこは良かったです。フレイさんは狙われたと言っていましたが、魔族のような扱いでも?」
「そうだ。俺はこの姿でいるのが好きなんだが――ああ、幻煬宮の民は容姿を自在に変えられるんだが、奴らは気に入らなかったらしい」
あの国は人間にはとても寛大だが、そうでない者に対してはとても狭量である。
リーギンさんによると、人魔大戦の集結から数十年が経つ頃には人間と魔族の蟠りはかなり溶けていた。そこで人界において最も信仰されている“レーヒン教”は、神の敵、即ち滅ぼすべき邪悪の定義を変えることになったのだ。
「あー確かそれで、レーヒン教はそれまでの人間至上主義から脱却したんでしたっけ」
「そうだよテクタルク、忘れていたのかい?…いや、キミ達は昔からあまり彼らと衝突することはなかったんだったね」
話す中で判明したのだが、テクタルクさんは樹人エントという種族である。簡単に言うと、人型の樹木だ。
それでレーヒン教の話だが、神の敵の解釈を変更することを受け入れられなかった者たちが分裂、蜂起し、今のマクロル王国が誕生した、という経緯である。
「勇者達は今頃どうしているだろうか」
「シズキさんと一緒に召喚された子達ですか。彼らも被害者ですよねえ」
「…思い出した、マクロル国民以外の人に聞きたいことがあったのだった」
「何です?」
「魔族という連中は、どうですか」
あの国では、魔族はしきりに悪だと伝えていたが、おれ達はずっとそこが疑問だった。だから本当のところが知りたいのだ。
おれの疑問に、三人が口々に答えた。
「我々と同じですよ」
「僕らと同じだね」
「俺達と変わらん」
「よくわかりました」
やはり、か。魔族にも良い奴がいれば悪い奴もいる。そういうことらしい。
「魔族が世界の敵だなんて考え方はもう古いよ。確かに昔はそうだったけど、今は違う。そしてそんなことは人間にとっても当たり前のことさ」
変わらぬはマクロルのような古典派レーヒン教信徒のみか。
長寿のエルフが言うならば間違いはないだろう。これを疑うなら、マクロル以外の国に行って確かめればいい。
日が落ちるとリードヴァーグの背中の装甲がぼんやりと光り始めた。明るいだけでなく、暖かい。
夜になってもおれ達は話し続けていた。会話の中身は、まだおれの知らなかったこの世界の知識が大半だったが、たまにおれとフレイさんがそれぞれの出身の世界について語ることもあった。
人間とエントとエルフと幻煬人、そしてスライム。皆種族が違うが、そんなことは関係なかった。
まあ、人間にも妙な連中はいる。特に学生時代は、常に道路標識を持ち歩いている奴だの、喉から手が出る奴だの、重力に屈してなるものかと言って壁や天井を歩く奴だの、変わった奴には事欠かなかった。
そう考えると、容姿が違うことなど些細な問題である。
夜は更けていくが、話が尽きることはない。
おれは初めて、この世界に召喚されて心から良かったと思った。
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