第9話 広場

 赤茶色のスライムと連れ立って歩くようになって数日が経った。

 それでわかったのが、やはりこのスライムとは“ある程度”意思の疎通が可能であるといいことだ。

 ある程度というのは、あまり細かいことを言っても通じていないのである。もっと漠然と、腹が空いた、疲れた、少し待ってくれ、くらいならこちらの意思を汲んでくれる。感覚としては、幼児と話すのに近いと思う。



 夜眠るときは、落ち葉と手持ちの服全てを使って寒さを凌いだ。

 初めはそれでも寒く、また落ち葉を敷き詰めても地面は硬く冷たいので、寝心地は非常に良くないものだった。


 しかしそんなおれを見かねたのか、三日目からはスライムがおれの寝床になってくれた。



 スライムと行動し始めて三日目の夜のことである。


「では寝ようか」


 スライムは睡眠を必要とするのか知らないが、ともかくおれが寝ている間も傍にいるようだ。目覚めたときスライムがいないということはなかった。


「あまり楽しくない睡眠の始まりだな……」


 溜め息を吐きながら寝床の準備をしていると、みょんとスライムが平たく伸びた。そして小さな触手をつくり、こっちへこい、と言うように自分の体を軽く叩いた。

 大きさはおれが寝転ぶと丁度いい塩梅になるくらい。


「…寝ていいのか?」


 問いかけると、おなじみの、こおおん、という鳴き声を発した。


「ありがたい。では失礼」


 靴を脱いでスライムの上に横になると、柔らかいが反発もある、理想の寝床であった。しかも、ほんのりと暖かい。ウォーターベッドとか、こんな感じなのかも知れない。


 その日より、眠るときはスライムベッドを使わせてもらえるようになった。



 やけに開けたところに出た。巨木に囲まれた、高等学校の運動場くらいの広場である。


「おお。祭りでもあるのか?」


 そこに様々な魔物がいた。

 自動車ほどもある白銀の蜘蛛、体のあちこちに継ぎ接ぎのある獣、燃えているように揺らめく影法師など、二十はいる。

 少ないながら、人間、或いは人間のような者もいて、その中の一人がおれ達へと真っ直ぐ歩いてきた。


「ああカラム!探しましたよ本当に…無事のようですね?」


 奇妙な風体の人物である。頭に単眼のガスマスクらしきものを被っていて、上下ともにゆとりのある服装をしている。その上から濃い緑のマントを着けていた。

 そして彼の言葉に出てきたカラムとは、どうやらこのスライムのことらしかった。

 ガスマスクが目の前に来ると、スライムは跳躍してその腕に飛び込んだのだった。 


「ふんふん。……ほほう。……それはそれは」


 スライムは何度も例の硬質な鳴き声を響かせ、その度にガスマスクが相槌を打っている。

 しばらくするとガスマスクは、置いてけぼりを食らったおれに向き直った。


「あ、どうも、わたくしはテクタルクといいます。こちらのスライムのパートナーでございます」

「ご丁寧にどうも。左右加静紀そうかしずきです」


 手を差し出されたので、こちらも手を伸ばして握手を交わす。ただ、その手は人間のものではなく、まるで樹木のようであった。


「カラムが、あ、こちらのスライムがお世話になりました」

「とんでもない、世話になったのはこちらです。スライム君には随分良くしてもらいました」


 特に就寝時は。


「おやそうなのですか?ちゃんと恩返しはしたようですね」

「そもそも、私は何かをした覚えはありませんが」

「んん?カラムはあなたに大きな魚から助けられたと言っていますよ?」

「あ」


 何故スライム、もといカラムがおれを警戒することなく、むしろあれやこれやと気を回してくれていたのか、ようやく合点がいった。

 あの甲冑魚は初め、カラムを狙っていた。そこにおれがやってきてあれを倒したから、カラムは命を救われたと思っているのだ。


「偶然ですよ。たまたま通りかかっただけで、そんな事情があるとは知らなかった」


 それより、むしろあの魚から獲物を横取りするつもりだったとか、そんな風には考えなかったのだろうか。

 無論そんなつもりはなかったけれども、と前置きしてそう伝えると。


「むむむ、そう言われればそうですな。……まあ、これはまだ子どもでして。少し単純なところはありますねえ」

「子ども」


 そうらしい。スライムの年齢なぞわかるはずもない。おれは異世界から来たばかりなのだから尚更である。


「探したと言っていましたが、はぐれていたのですか」

「ええ、こやつは今言った通り子どもですので…少し目を離した隙にどこかへ行ってしまったのですよ」

「それはいけないな、カラム」


 カラムに言うと、こおおん、こおおん、と鳴いた。


「まったくお前は調子がいいなあ……」


 困ったように溜め息を吐くテクタルクさんは、どこか楽しげにも見える。きっと、両者の間には強い絆があるのだろう。


「さて、わたくしからも何かお礼をしないといけませんな」

「なら丁度いい、 これは一体何の集まりか教えてください」

「ああこれですか?これは――」


 テクタルクさんが答えかけたところで、地響きがした。それも一度二度とではない。そしてそれは段々とこちらに近づいている気がする。


「来ましたな。これですよ」


 テクタルクさんの言葉と同時、木々の奥から姿を現したのは、体長が二十メートル以上はある六本脚の獣だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る