第6話 夜逃げ2
いつの間にやら、おれ達は甲冑どもに取り囲まれていた。
唯一、今主計さんと向かい合っている灰色の法衣の男は、鎧の類を装着していない。しかし、明確な根拠はないが、明らかにこの男が一等恐ろしい。
見た目だけで人の戦闘力なぞおれにわかるはずもない。直感だろうか、何かがこの男は普通ではないと訴えているのだ。
「お戻りください、勇者様方」
その男が口を開いた。存外、涼やかな声だった。
「そこな異端者の処分は我々が行います。ですから、あなた達は疾く城へお帰りください」
「異端者とはおれのことかね」
「――言うまでもないだろう、忌々しい。勇者様に寄生する怠惰な者め」
「うむむ」
全くその通りである。働かずに食う飯は最高だなどと思っていたのは事実だ。
要は穀潰しであった。
「まあ、おれは召喚してくれと頼んだ憶えはないのだから、それで勘弁してほしい」
「……」
駄目か。
「余計な抵抗しなければ、苦しむことなく地の底へ導いてやろう」
「……そもそも死なないという選択肢は」
「ない。……手筈通り、今晩薬を呷っていれば、いらぬことを考えずに済んだろうが……これもまた、主の導きであろう」
とんでもない導きである。……いや待て。
「薬?」
「本来ならば、そのはずだったのだが……手違いがあったのか?間違いなく盛ったと言っていたが――まあ、今となっては構わぬ」
「はあ」
どうやらそういうことだったらしい。無駄なことを。
「毒、ってこと……!?」
「……まじか。今晩って、左右加さん、本当に何ともなかったんスか?」
「ないとも。そういう身体をしている」
毒とかばい菌とか、そういう体に悪いもの全般の影響を受けない体質でよかった。
こんな身体に生まれたことに感謝していると、この場にいる者達が怪訝な顔つきになったのがわかった。
「…そういえばこちらではまだ誰にも言っていなかった」
「毒耐性…いや毒無効だと…?失敗だと思っていたが…」
特にこの灰色だ。変わらず剣は構えたままだが、おれを見ながら何事かを呟いている。
案外、この世界ではおれのような奴は珍しいのかもしれない。
「貴様、便利な身体をしているではないか。使えそうだ」
突如、灰色がそんなことを言った。
と同時に、おれを守るように立っていた主計さんが弾き飛ばされ、灰色がおれの眼前に立っていた。
「主計さんっ」
「っ、大丈夫、です…」
主計さんは立ち上がったが、足元が覚束ない。
全く見えなかったが、この灰色がやったのか。
一方一君は、周りの甲冑どもを牽制していて、先程から動かない。
「あなた方も随分お強くなられたが、しかし未だ修行中の身ですからな。私如きに遅れをとったからと言って、恥じることはございません」
灰色が主計さんに向けた優しい顔といったら、おれに見せたものとまったく違う。この変わりようは、見ていて少し面白い。
灰色はおれに視線を戻して言った。
「さて。どうやら我々の間には不幸な行き違いがあったようだ。どうだね、その特異な身体で以て我らに貢献するのなら、恩赦が与えられるやも知れんぞ?」
「身体目当てかね」
それに恩赦も何も、裁判を受けた覚えは皆目ない。
そして今のこの男の物言い。この国の本性がよく見てとれた。
徹頭徹尾、我が正義で彼が悪。故に我に恥ずべきところはなく、迎合しないなぞ有り得ない。よしんばそんな者がいたのなら、それは滅すべき邪である。
そんな考えが根本にあるから、こちらが赤面するほど都合の良いことを臆面もなく言えるのだ。
「頭が痛くなるな…」
おれは大きく溜め息をついた。直後、おれの言葉に何か言いかけた灰色が、どう、と倒れ伏した。その全身は小さく痙攣している。あまり見ていて気持ちの良いものではない。
その光景に他の皆が驚愕していたが、甲冑どもより一君と主計さんの方が立ち直りが早かった。
「ぅぉおらっ!」
「……っ!」
一君の持つ金属製の棒は白熱しており、それに触れた甲冑は溶けてしまった。
甲冑どもは動く素振りを見せたが、何故か硬直した。その顔は何もないところを向いていたから、主計さんの魔法で何かを見せられたのかも知れない。
その隙を逃さず、一君が手の平を彼らに向けた。
景色が歪んだ。一君が放熱したことで蜃気楼が起こったのだろう。
「っし行くぞ二人とも!」
ちらと甲冑どもを見やると、その表面はどろどろに溶けていて、ぴくりともしない。死んだのかも知れないが、それを気にする余裕なぞない。
「――……」
彼らの生死を無理矢理頭から追い出し、再び一君のあとを追った。
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