第5話 夜逃げ
夜の城内を早足で歩く。
先頭は一君。彼の使う業熱魔法には、熱源探知という使い方も出来るらしい。
熱源探知というとまずは赤外線を受けるものなのだが、その部分も含めて魔法でどうにかしているのだろうか。熱を操るという範囲を超えている気がするのだが。
まあ、いい。大体が魔法自体得体の知れぬものなのだから、物理法則なぞまともに考えるべきではないのかも知れない。使い手が出来ると言えば出来るのだろう。
『では、この街を出るまでは協力お願いする』
部屋を出る前に、軽く三人で打ち合わせをした。
『街を』
『出るまでですか?』
『蟻芝さんと道祖君が心配なのだろう』
そう言うと、二人は黙ってしまった。図星だったようである。
結局、あの二人が本心からこの国に従っているのか、それともやはり洗脳されているのかはわからないままだ。
だから、確かめなければならないし、もし洗脳されているのなら助けてやらなければいけない。
『じゃあ、左右加さんは、そこからどうするんですか?』
『街の近くに森があったろう、そこを通ってどこか別のところに行こうと思う』
おれ一人では街の外まで出られないから、そごでは二人の厚意に甘えさせてもらう。
しかし、いつまでも守られているわけにはいかない。彼らと長く行動するほど、毒を吐くしか能のないおれは脚を引っ張ることになる。
だから、おれは出来るだけ早く消えた方がいいのだ。
『でも……危険ですよ?』
『佳奈ちゃんの言う通りっスよ。街ん外に出たからといって、ましにはなってもやっぱ危ないでしょ』
『つまりどこまで行っても危険がつきまとうわけだ。ならば、君らはいつまでおれと一緒にいてくれるんだ?』
助けてもらう身で偉そうな物言いになってしまったが、要はある程度で切りをつけないといけないのである。
この城は中途半端な造りである。
どういうことかというと、元々要塞としての城だったものを、宮廷としての城に改築中なのである。
改築といっても堀や塔をなくすわけではなく、無骨だった城を優雅っぽく飾りつけよう、という程度だ。だから、場所によってはちぐはぐな印象を受ける。
まだこの城を端々まで探検していないので、離れるのは惜しい。しかし命はもっと惜しいから、止むを得ない。
三十分くらい経ったころだろうか。
思いの外、容易く城外へ出ることができた。ただ、塔だの塁壁だのから何度か一君に抱えられて飛び降りたのだが、そのときは生きた心地がしなかった。
まあ、いい。
城からは出られた。次はひたすら走り、街の外を目指すのだ。
ならば次は市壁から飛び降りることになるのか…。自由への道は、遠い。
「ここまでありがとう。すまないが、あと少しだけ頼む」
さすがに疲れたので、城壁に貼りつくようにして休む。
その合間に二人に礼を言うと。
「左右加さん…やっぱ、俺か佳奈ちゃんか、どっちかは着いて行った方が」
「さっきも言ったろう、そうしたら残った一人で蟻芝さんと道祖君を助けられるのか」
「……」
「かといって、おれを連れたまま二人をどうこうしに行くのでは、おれが邪魔になる」
「…本当に――」
「静かに」
今度は主計さんが口を開いたが、突如一君が険しい表情をして遮った。
すると、主計さんも一瞬で緊迫した雰囲気を纏った。
二人とも勇者として教育を受けたことで、すっかり場慣れしたらしい。頼もしい限りであるが、平凡な日本の大学生がこうなってしまったのが、もの悲しくもある。
「真っ直ぐ来る…?――走るぞ!佳奈ちゃん魔法!」
「はいっ!」
「っ」
追っ手か。鐘は鳴っていないということは、おれ達のことはなるたけ秘密裏にしておきたいのか?
ともかく、走る。道がわかってるらしい一君の後について、走る。先ほどの休憩でポーションとかいう怪しい薬を飲んだことでだいぶ回復したから、まだ走れる。だから、走る。
誰も何も言わない。言えない。
一君と主計さんは勇者の肉体だから、本来はおれが心配することはない。
しかし今、二人は魔法を使っている。それが心配なのだ。
魔法を使うには精神を集中させなければいけないらしい。それがいかほどのものかわからないが、この状況下ではそれが二人の負担になっているのではないだろうか。
ああ、しかしおれに出来ることはない。
走れ。ただ走れ。そうすれ
「伏せろ左右加さん!!」
とてつもなく嫌な何かを感じて後ろを振り向きかけたが、ほぼ同時に聞こえた一君の声に体が勝手に動いた。
一瞬見えたのは、飛んできた細長い何かだった。
伏せると同時、頭上が熱くなった。恐らくだが、飛んできた何か――これも恐らくだが矢に魔法で熱を放ったのだろう。
それと同時、カチンッと硬質な音が聞こえた。
振り返ったおれの目の先では、短剣を構えた主計さんと長剣を持っている灰色の法衣の男がにらみ合っていた。
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