第2話 勇者判定

 明くる日、おれ達は再び昨日の部屋にいた。しかし今日は国王夫妻だけでなく、他にも人が集まっていた。


「おはようございます。昨晩はよくお休みになられましたか」


 初めに国王様がおれ達に声をかけた。


「はい、とても。おもてなしに感謝いたします」


 実際、用意された部屋のベッドはとても寝心地が良かった。突如非日常に巻き込まれたことで眠ることができるか怪しかったが、横になって間もなく寝入ってしまった。


 ……しかし、学生時代も色々な出来事があったが、それが原因で眠れなかったことはなかったように思う。だからベッドが違っていても変わらなかったかもしれない。


 ちなみに、昨日は最初に一部屋に集まっただけで、部屋は男女別に用意されていた。


「それは何よりです。さて、今日は勇者判定をさせていただきます」


 昨日も思ったが、一国の王だというのに、おれ達のような凡人に対してえらく丁寧な態度である。勇者というのはそれ程までに特別な存在らしい。


「勇者判定って、私達は勇者として召喚されたんじゃ……?」


 おれ達の疑問を声にしたのは主計さんである。道祖君も頷いて同意を示している。


「申し訳ありません、重要な説明をしておりませんでした。私としたことが、儀式の成功に気が逸ってしまいまして……」


 確かに、昨日の王様は勢いがよかった。そのせいもあって、昨日の話は大まかなこと以外みんな忘れてしまった。この国や王様の名前など、固有名詞の類なぞ一つも頭に残っていない。


 そんなことはどうでもいい。勇者判定についてである。

 王様曰く、召喚された者が必ずしも勇者だとは限らない。異界からの召喚とは、どれだけ入念に準備しても常に不確実性があり、そもそも召喚に成功するかどうかの段階で不安が残る。

 そして召喚自体は成功しても、現れた者が本当に勇者なのか、という点でまたしても不安が残るそうだ。


 以上のような説明を受け、勇者判定とやらをされることになった。判定を行うのは、この国の国教の神官殿らしい。


「……結構な綱渡りだな……」


 一君の呟きが耳に入った。その通りである。そんな博打をしてまで勇者召喚を行う意味はどれほどのものなのか。言い換えれば、魔族とかいう連中はそこまでしなければならないくらい邪悪なのか、ということになる。


 ――――今おれは何気なく博打と表現したが。ならば、この場合賭け金は何になるのか。ふとそんなことを考えた。





 判定の結果、おれは勇者ではなかった。神官殿から結果が告げられた途端に、この国の人間達がこぞって落胆した表情になった。外国為替証拠金取引で預金を全て失ってしまった知り合いが、こんな顔をしていた。


「……ああ、……ソウカ様……あなたは……」


 王様はしばし茫然としていたが、やがて吐息のように言葉を出した。その時、ほんの一瞬ではあったが、確かに憤怒のような色が見えた。

 甚だ心外である。

 周囲に視線をやると、先刻まで期待していた顔に、落胆どころか軽蔑の色を載せる者までいた。それも一人二人ではない。

 勝手に呼びつけて勝手に期待して勝手に軽蔑するとは、随分と失礼だと思う。


 まあ、そんなことはどうでもいい。勇者ではないのなら、戦に駆り出されることはない。それが全てである。

 おれはそんな安堵に浸った。



 結局、召喚された五人の中で、勇者でなかったのはおれだけであった。

 判定を受ける際、蟻芝さんと道祖さいど君は緊張の面持ちで、反対ににのまえ君は妙に自信あり気だった。主計かぞえさんはどちらとも言えない様子だった。


 さて、勇者とは具体的にどのような存在なのか。

 現在は人間も魔族も、ついでにその他の種族も複数の国家を建てているが、遥かな昔は、どちらも一人の王のもとで一つに纏められていたという。この頃、両者は熾烈な争いを繰り広げており、原初の勇者が現れたのはそんな時代である。


「で、その勇者ってのが俺らみたいな異世界人だったっつー話で、そいつが剣も魔法もとんでもなく強かった。以後、この世界の人類に危機が訪れると、異世界から勇者を召喚するようになった。ということっス」

「なるほど、ありがとう一君」

「左右加そうかさん、蔵書室に行って歴史書みたいなの読んだんでしょう?そこに書いてなかったんですか?」

「いや、主計さんの言うとおり、あった。君達がどんな風に話を聞いているのか、少し気になったのだ」


 おれ達が突然、何の断りもなく召喚されてから十日がたった。

 おれ達はそれぞれ王城内に一人部屋が与えられ、そこをねぐらにしている。


 他の四人は驚くほど落ち着いているように見えるが、実はそうでもない。

 夜、なんとなく城内をふらついていると、部屋の前を通るときに嗚咽が聞こえたり、落ち着きなく早足でぐるぐる歩いているところを見かけたりする。気の毒に思うがおれに出来ることなぞないので、そんなときは見つかる前に歩き去ることにしている。

 おれは口が上手いわけではないので、根拠のない慰めをしたところで何の意味もなさないと思う。無用の希望を持たせては申し訳ない。


「勇者ってマジすげーっスよ!剣なんか持ったことねーのに、訓練受ける度に驚くほど馴染んでいくんスよ」


 ただ、この一君だけはそんなところを見たことがない。おれが彼のそういうところを知らないだけかもしれないが、一君は一番現在の状況を楽しんでいるように思う。

 一君は深夜のコンビニ前で仲間と座り込んでいそうな見た目で、その印象通りの生活をしていたなら、案外家族などに未練はないのかもしれない。

 いや、もしそうだとしても、つるんでいる仲間はどうなるのか。もしや孤高の喧嘩番長か。

 まあ、いい。


「確か君達は魔法も使えるのだったか」

「そうなんスよー、俺は業熱魔法つって、熱を放ったり操ったり出来るんスよ」

「熱を操るというのは便利そうだな」

「あー、けど俺の体温以上って決まりがあるんスけどね」

「冷やせないのか」

「残念ながら」


 彼らが勇者だと確定した翌々日から、早速修練が始まった。おれは受けていないからよくわからないが、大雑把に分けると、身体作りや戦闘時の動き方等身体的な修練と、魔法の訓練である。

 普通は基礎的な身体が出来てから戦闘訓練をするもので、最初から両方を平行してするものではないのではないか、と素人ながらに思った。しかし勇者に限ってはそうでもないらしい。

 先程一君も言っていたが、勇者というものは経験が身につくのが異常に早い。訓練中ならば、数日で一兵卒に匹敵するようになったという。

 これについては、勇者という存在の格がどうとか読んだような気がするが、よくわからなかったので忘れてしまった。


「私のは幻影魔法です!」

「幻を見せるのか。しかし随分と嬉しそうだな」

「少し子供っぽいですけど、魔法を使うのに憧れがあって…」

「そうか」


 宝籤で一等が当選した幻を見せて、散々夢心地に浸らせた後に現実に引き戻すという使い方はどうだろうか。


 勇者だとか魔族だとかの話が出てきたときから見当はついていたが、この世界には魔法が現実に存在する。ただ、何でも出来るわけでもなく、今二人が言ったように魔法は『こういうことが出来る』魔法として、あらかじめ形が決まっていた。

 そしてこれも勇者故、彼らの魔法を使うために内蔵される力、魔力はそれはそれは莫大なものらしい。ちなみに魔法を使う者の体内にある魔力を“オド”、外界に浮遊している魔力を“マナ”と区別して呼称する。


「あとの二人は、どうだ」

「蟻芝も道祖も同じっス。どんな魔法使うんだっけな……」

「何か最近、見ることが少なくなってきたような気がします」


 今ここにいない蟻芝さんと道祖君も同様に、短期間で恐ろしく上昇した戦闘技能ととんでもない体内魔力オドを備えている。


 一方おれは剣を振ることも魔法を使うことも出来ないでいる。戦闘技能には興味はないが、魔法が使えないのは少し残念な気がしないでもない。

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