第3話 見る目
この城内において、勇者達は水族館のダイオウグソクムシ以上の凄まじい人気を誇っている。しかし唯一勇者ではなかったおれの不人気ぶりもまた、凄まじいものであった。
さすがに宮仕えなだけあってあからさまに罵倒なりをしてくる者はいなかったものの、目は口ほどにものをいう。
おれが勇者ではなかったとわかった時の、落胆や軽蔑を込めた目で、この城にいる者達がおれをどう思っているか、よくわかるというものだ。
先日はこの国の王女様と会う機会があったが、彼女もご多分に洩れずどこか睨むような風であった。口ではおれに対しても労るようにしていたが、その負の色は隠し切れていなかった。
「いや、ありゃそんなレベルじゃないでしょ。あいつの左右加さんを見る目は」
「いや、最初はその程度だったのだが」
「左右加さん、何かしちゃったんですか」
「何か、というほどでもないが。主計さん、初日に一君が“王様なら腹芸出来ないと務まらん”と言っただろう」
「言ったなあそんなこと」
「言ってましたねー」
「だから、お節介だとは思ったが、為政者がそんなことではいかん、こういうときは本音をきちんと隠さなくては、と指摘したのだ」
それ以降ああなってしまったので、それが原因だと思う。
ただ、王女様はたいそう綺麗な人で、そんな女性に合う度睨まれるのは、悪い気はしない。別段被虐趣味の類は持っていないけれども、そう思う。
「すみません左右加さん、それほんとに特大のお節介です。まあそもそも王女様の方が悪いとは思いますけど」
「つか嫌味に聞こえたんじゃないんスか」
「あっ」
おれには微塵もそんなつもりはなかったのだが、言われてみるとそう捉えられても不思議ではない。しかし、そもそも向こうがおれに悪感情を抱くのは筋違いであるから、お相子ということにしてもらう。
このように、一君と主計さんと話す機会はそれなりに多かったのだが、蟻芝さんと道祖君と話すことは殆どなかった。
それどころか、近頃碌に顔を見た覚えもない。一体どうしているのやら。
また別の日。
「君達は何か知らないのかね」
「…んあっ何スか」
「蟻芝さんと道祖君のことだよ。どうした、明後日の方向を見て」
ご飯食べてきます、と言って主計さんがいなくなったあと、気になって一君に聞いてみた。しかし彼は主計さんが出て行った方向をぼんやりと見つめていて、どうにも鈍い反応だった。
「ああいや、ちょっと。……ぶっちゃけ佳奈ちゃん可愛くないっスか」
「急にどうした。確かにそう思うが」
「胸でかいし」
「そんなことを考えていたのか」
おれはお腹派であるから、同意はするがそれ以上の関心はあまりない。
「惚れたのか。勇者同士の恋物語の幕が上がらんとしているな」
「いやいや、別にそんなんじゃなくて…」
「清く正しい交際をするように。そんなことより蟻芝さんと――」
「ああーそれで佳奈ちゃんがねーっ」
おいおい一君、と呆れると同時、その一君がひどく真面目な顔になり、自分の唇の前で人差し指を立てた。
「戦闘訓練のあととか、自分だって疲れてんのに皆お疲れ様って微笑むんスよ、それがまた可愛くて!」
そんなことを喋りつつ、反対の手のひらを上に向けた。すると、何だか部屋の空気が暖かくなった気がした。
何をしているのかさっぱりわからないが、何か大事なことをしている雰囲気である。
少しして、一君は両手とももとに戻した。
「すんません、あんま人に聞かれたくないんでちょっと探ってました。誰もいなかったんで、大丈夫っス」
「なるほど」
誰かに聞かれているだとか、そんなことは全く考えていなかった。抜かりないなと感心する。
と同時に、そんなことを気にしなくてはならないとは、いよいよきな臭くなってきた。
「何か、あったのか?」
「…ああ、ちょっと待ってください。まず、俺達が戦う理由についてなんスけど」
「悪しき魔族を滅ぼすため、だったな」
「そっス。三百年くらい前の人魔大戦のあと、魔族からは、すっかり他の種族を支配しようという機運がなくなった。けどそれは見せかけで、本当は今でも世界の覇権を狙っているに違いない」
「だからその前に滅ぼすべし、と」
「でも、その具体的な証拠がないんスよ。魔族が人間を殺した事件の話は山ほど聞かされましたけど、それがマジで世界征服につながるんスかね」
「人間だって人間を殺すだろうにな。大体、その人魔大戦とやらのときには、既に魔族は幾つもの国に分かれていたんだろう」
その頃には魔王達の半数くらいは人間との戦争を疎んでおり、大戦に参加したのは、もう半数の魔王らと彼らの支配する魔族たちのみだった。
しかしこの国の者に言わせると、戦わなかった魔族達もただ機を伺っていたに過ぎないという。
「なんか、意地でも魔族どもを悪者にしたい、って感じしません?」
「するな」
「で、それについて佳奈ちゃんとも話してたんスよ。佳奈ちゃんも同じように思ったって」
何となく読めてしまった。
「もしや、蟻芝さんと道祖君は違ったのか」
「“何言ってるんですか、魔族は絶対的な悪です、世界の敵だから一人も残さずこの世からけさなくちゃ駄目でしょう!”みたいな感じで怒られました。二人ともそんなんっス」
「なんと」
とんでもない話である。この国の言うことを端々まで鵜呑みにしてしまったのか。
疑い過ぎては身動きがとれなくなってしまう。ましてこの世界では常識でも、異世界からやって来たおれ達には知らないことが多いのだから、尚更である。
かといって、頭から信じ切ってしまうのもどうなのか。何も知らないから利用してやろうと、そんな邪な考えを持っていないとも限らない。
そしてその漠然とした疑いが、強くなった。
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