第133話 小鳥遊くんと小鳥遊さん

 式の翌日は日曜日だった。

 昨日はたくさんのお世話になった人に会って……なんていうか、また、疲れてしまった。


「風、なにしてるの? 寝てなくちゃダメじゃん」

「昨日のブーケ、業者さんに送らないと……」

「お姉さんが代わりにやってくれるって、持って帰ってくれたよ」


 しゅんとして、ベッドに戻る。

 何かある度に寝込んでしまう。自分の体質を恨む。「甘えてるんじゃないか」っていう人もいるけど、自分でもそうじゃないかと思う。


 ベッドの隅に、啓が腰を下ろす。ぎしっと小さな音が鳴る。

「風がキレイな花嫁さんで鼻が高かったって、親父、すげー喜んでたよ」

「そんなこと、ないよ……」

 わたしはケットで顔を半分隠した。

「すごくキレイだったよ……」

 啓が隠れたわたしの顔を上手に出して、口づけをしていく。


 大体、結婚初夜とはいうものの、そういうのはなんていうか形式的なもので、啓みたいに式の疲れも関係なく……熱も出ると思う。


 啓はまたキッチンに戻ってお粥を作ってくれている。わたしは今日もそれを眺めている。ひとつひとつ丁寧に料理をしていくのも、理系人間の癖だとは思うけど、わたしはその啓の動作のひとつひとつがすき。

 でも、その気持ちをどうやって伝えたらいいのか、いまだにわからない。


 言葉にすればいいのか。

 からだで表せばいいのか。


「啓……後悔してない?」

「何を?」

 言い淀む。昨日の今日で、こんなことは言いにくい。けど……。

「わたしなんかと結婚して、後悔してない?」

「なんで? また変なこと考えてるの?」

 おたまを置いて啓がやってくる。


「もうすぐできるから大人しくしてなさい。後悔なんてしてないし、それどころか望み通りだし。風があんなにキレイな花嫁姿で現れて、オレのものなんだからってみんなの前で堂々と言えて最高だったよ?」

 何事もポジティブな人……。


「……今まで通りでいて。何も変わんなくていいよ。電車や観覧車が苦手だって、全然構わないんだよ。それどころか、そういうの、オレしか何とかしてあげられないのって、なんかすごい独占欲満たされるし」

「そういうもの?」

「そういうもの。風は、いてくれるだけでいいんだよ。あとはオレがなんとかするからさ」


「……じゃあ、啓もずっとそばにいてね。離れないでね」

 啓が腕を伸ばしてわたしの髪を撫でた。


「バカだなぁ、風は。昨日、その誓いをしたばっかじゃん。もっとする? オレはかまわないよ」

「……どうせバカだもん。じゃあ、もしも離れたくなったら、その手前で教えてね」

「だから離さないって……昨日の夜じゃ足りなかった?」

 横に首を振る。

「熱が出るほど伝えたはずなのに」


 デコピンされる。お茶碗を出す音がして、お粥をよそってくれる。

 わたしはベッドから下りて、そろそろとテーブルに向かった。


「……ごめん。昨日はもうそのことしか考えられなくて。やっと結婚できたと思うとうれしくて。……反省するよ、寝込ませてごめん」

「いいの。ただ、あんまり寝込んでると啓に何もしてあげられなくなっちゃうから……」

「してあげる喜びっていうのもあるんだよ」


 今日は啓も一緒にお粥だ。さすがに昨日、飲みすぎたらしい。お粥と一緒に梅干しも出てくる。

 まだぬか漬けは続いているけれど、さすがに仕事もあって梅干しまでは自家製、というわけにいかないらしい。


「表札、もう『小鳥遊たかなし』だけでいいね」

「そうだね、変な感じだけど」

「オレも実は。まさか名字が変わるなんて思わなかったからね。まぁ、早く慣れないとなぁ。読めない人、いっぱいいそう、むかしのオレみたいにね」

くくっと、楽しそうに彼は笑った。

「『小鳥遊たかなし啓太郎けいたろう』。長くて読めない、それから、オレが風のものになったってだよね」


 


結婚したけれど、結局わたしたちはそんな感じで、あんまり何かが劇的に変わったりはしない。

 これから長い間連れ添えば、少なくともいつか小鳥遊の家に入ることになって何か変わるかもしれないし、そうじゃなくても子供ができれば……。


 でも、きっとわたしたちはこのペースで進んでいくんだ。


 たぶん、あの春の告白をされた瞬間に、すべて決まってしまったんだと思う。それからのすべて。


「お粥、食べられる?」

「うん、美味しい。ありがとう」


 毎日が、続いていく。




( 了 )

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