第132話 やっと、捕まえた

 その日が来た。


 わたしは前日、実家に帰った。


 お姉ちゃんもお兄さんを置いて、来てくれた。

 お嫁に出るわけではないので、家族みんなでじめっとした空気になったりはしなかった。けど、何かが今日で終わるんだなぁという感慨にふける。


 ジューンブライド。

 啓の采配のおかげで、わたしはしあわせな花嫁になる。6月はわたしの誕生月。ムーンストーンの指輪が、明日からプラチナの指輪になる。それは、一生離れない約束だ。


 相変わらず縁台のところで、明かりも点けずにべたーっとしてるわたしに、お姉ちゃんが話しかけてくる。

「何、いまさらマリッジブルー?」

「そんなのないよ」

「そう? 式が終わってから入籍するの?」

「うん、そうなの」

小鳥遊たかなしふうのままなんだね」


 お姉ちゃんはしゃがんだ姿勢のまま、わたしを見下ろして微笑んだ。

「啓ちゃんはやさしいというか、甘やかしすぎだからな。風、やさしさに溺れて何かを見失ったらダメだよ。……それから、困ったときはうちにおいで。助けてあげるから、あんたひとりでも、ふたりでもね」

「お姉ちゃん……」

 月明かりが雨上がりの縁台にぼんやり映っていた。





 翌日は雨が降ったけれど小雨で済んで、来客の皆さんにあまり嫌な思いをさせないで済んだ。

 式場は繁茂期なので、化粧室も大いに混んで大変なことになっていたけれど、流れ作業的に打ち合わせ通りメイクやヘアメイクも済んで、気がつくと花嫁になっていた。


 念願のサムシングフォーは叶って、青いものは青を貴重にしたブーケ、新しいものは指輪、古いものはお姉ちゃんのシルクのハンカチ、借りたものは一足先に高城たかぎ先輩と結婚した美夜みやちゃんがお手製のリングピローを貸してくれた。


 青い花のブーケには、デルフィニウムやスカビオサなどの青い花と、白いバラなどが配色よくまとめられていて、式のあとにドライフラワーにしてもらうことになっていた。


 ふだんは絶対に着ない、肩紐さえない胸元から背中まで大きく開いたまっさらなドレス。胸元が危ういとわたしは無理だと思ったんだけど、お姉ちゃんの「何事もギャップじゃないの」という一言で決まってしまった。


 つまり、まったく自信がない。


 式場の係の人が、「お綺麗ですよ」と言ってくれるけど、隠れてしまいたかった。

 そこに、やはり真っ白なふわっとしたベール、ティアラ、ネックレスをつけて、肘上の手袋をはめる。指輪の交換の時の、手袋の外し方、はめ方を教わる。


 ああ、なんでこんなことになっちゃったんだろう、入籍だけにすればよかったって頭の中がぐるぐるしてると、ちーちゃんと美夜ちゃんが来てくれた。


「やー、風、すっごいキレイ! っつーか、風なのに大人っぽいとかなんなの」

「風ちゃん、ドレス似合ってる! 風ちゃんのことだからもっと女の子らしいのにするのかと思ってたけど、すごい、大人の女性だわー」

「ふたりとも、来てくれてありがとう」


 ふたりとは卒業してからもそれなりに忙しい中、離れていく中、LINEしたりしてはいたけれど、しっかり会うのは久しぶりだった。


「風! まだ泣いたらダメだって!」

「風ちゃん、お化粧流れるから」

「……だって、うれしい……」

 ふたりは顔を見合わせてため息をついた。でもその顔は笑っていた。


「相変わらずだね。……結婚、おめでとう。小清水くんと結婚できて本当によかったよね」

「小清水のあの告白、思い出すわー。あれから始まったんだから、わたしたち、あんたたちの立会人だわ」

 ふたりに祝福されて、心がいっぱいになってしまった。




 先に写真を撮ることになって通路を移動する。スカートがかさばって歩きにくい。

「ゆっくりで大丈夫ですから、裾に気をつけてくださいね」

 おっかなびっくり歩いていると……たまたまひとりで歩いていた堺くんに出くわす。


「あー」

 堺くんは言葉が出てこないみたいだった。

「来てくれてありがとう」

 恥ずかしくて小さな声になってしまった。

「おめでとう。……気の利いたこと言えないけど、すごくキレイだよ」

「ありがとう」






 そうして長い道のりを経て、わたしは啓にやっと会える。啓の支度もすっかり終わって、「花婿」になっているはず。


「花嫁さんです」

 係の人に手を引かれて、準備ができてから初めて、啓に会う。

「風……」

 ふりむきながら啓はわたしを見た。

 啓の瞳がそこで止まってしまう。あんなにドレスを決めるための試着を何回もして回ったのに。


「……やっと、捕まえた」

 啓はわたしの手袋をはめた手を取った。わたしはまっすぐ彼を見た。彼の視線に吸い込まれそうになる。


「思ってた通り、世界でいちばんキレイだよ。……こんなに長く一緒にいたのに、ドキドキするくらい」

「ありがとう。啓もすてき」

「今日のオレは添え物だから。みんな、風を見るんだよ」


 彼はまたわたしをじっと見た。今度はわたしは前を見ていられなかった。

「だいすき。このまま逃げて、食べちゃいたい」

「ダメ、今日は。お世話になった人たちに、お礼を言わないと」

「冗談だよ、怒るなよ」


 彼は軽くキスをした。まだ式の前なのに、とわたしが怒ると、

「つまみ食い」

と言って笑った。





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