第87話 どこまでも

「うーん……」

 寝苦しくて寝返りを打つと、そこには啓がいて……はて?

 ああ、またお酒、飲んじゃったんだ、と後悔しても過ぎちゃったことだ。またみんなに迷惑かけたよね、たぶん。

 啓の頬に触れる……。この人が、わたしの恋人なのか、と思う。目鼻立ちの整った、端正な顔立ち、って言い過ぎかな? やわらかい、ちょっとだけ天然の入った髪の毛、唇……。

 ……いつも迷惑かけてごめんなさい、と小さい声で言う。


「それで困ったりしてないよ」

と言われて、びっくりして飛び上がりそうになったところを、啓に手を引かれる。

「何もしないから、逃げないで。大体、お姉さんのとこに泊まらせてもらって、何もできないでしょ」

「……したいとかしたくないとか言ってないよ」

 お互い、言葉に詰まる……。夜特有の、しーんとした静けさに、真夜中でも聞こえてくる生活音。冷蔵庫のモーターの音……。


「行ったらダメだなんて、オレ、束縛しすぎだよね」

「なんでそんなこと言うの?」

「んー、考えてた……」

 啓はどうやら寝ないで考え事をしていたらしい。

「あれは勢いで、本心は違うってことなの?」

「そんなこと、ないよ。本心だからこそ、思わず口からするっと出ちゃったんじゃないか?」

 わたしはいけないことだと思いつつ、くすくす笑ってしまった。


「もっと啓の本心が聞きたい」

「えー? ……とりあえず、しまっておきたいっていうのは変わってない。他の誰にも見せたくないし、触らせたくない。話をするのも見ててやだ。あーもー、想像するだけで不快……」

 わたしは笑った。

 そうか、それじゃ基本的につきあいはじめとなんら変わらないってこと?


「風はかわいい。何しててもかわいいよ。……浮気はなしだよ。ムカムカしちゃうし。でも、今でも食べちゃいたいくらいかわいいよ。早くうちに連れて行って、親に会わせないとね。それくらい本気だって、両方の親に知ってもらわないと」

「でもさ、わたしたちってまだつき合って3ヶ月くらいだよ? 結婚とか、決めるの早くない?」

「……ダメなの?」


 静けさに攫われそうになる。

 一緒にかけていたタオルケットの中で、啓に腕枕される姿勢で抱きすくめられる。

「ダメなの?」

「ゆっくりでも良くないの? せめて来年とか」

「来年の話をすると、鬼が笑うよ」

 ふたりで聞こえないように、顔を見合わせてくすくす笑う。啓の目が、ふっと優しくなる。

「風はさ、ゆっくりの方がいい?」

「んー、ゆっくり進む方がわたしらしいけど、啓を盗られたら立ち直れないから、お話は少しずつ進んでもいいよ」

 何もしないって言ってた彼に、ぎゅっと抱きしめられる。


「バカみたいだって自分でも思うけど、ほんとに好きなんだ。どこにも行かせたくないなんて、自分でもわがままだと思ったから悩んだし……こんなに結婚したいなんて思うこと、ふつうじゃないよなぁって悩んだ」

「悩んだの?」

「悩んだんだよ、自分の束縛の強さを」


「大丈夫だよ」

 啓は「え?」という顔をした。

 自分でも、全然大丈夫じゃないかもと思ったり、束縛から逃げたくなるほどだったらどうしようかと思った。


「イヤになったら全力で逃げるから、その前に力加減を調整してね」

 啓は苦笑して、おでこにキスをした。

「がんばるよ……お姉さんのお家でよかったね」

「なんで?」

「今日こそ逃がさないで好きなようにしちゃうところだった」

「危なかったね……」


 わたしたちは考えられる範囲で、これからのことを考えた。


 とりあえず、夏休みになったらお互いの両親に、結婚を前提とした挨拶をしようって約束をした。夏休みは大学は8月~9月なので、その前にゼミを決める。啓は就職に有利なところ、わたしは植物学のゼミ。でも、海外は断る……。


これはもう、わたしの人生は啓に賭けたということだ、と思う。わたしは彼と一緒なら、どこまでも手を繋いで歩けるだろうか? 一生一緒に行けるだろうか?


 難しいことはわかんない。今の気持ちに振り回されてるだけって言われたら、きっと否定することはできない。そう、啓だけじゃなくてわたしも好きなんだもん。他の人に盗られたくない……。ずっと近くで見ていたい。


 それは、罪でしょうか?

でも、人生って一度きりでしょう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る