第70話 遠距離恋愛

 そして反省する……。


 どうしてただ、

「待ってるよ」

って言えないんだろう。

 他の人たちだって毎日のように会えるのは、ごく少数で、ほとんどの人はたいてい毎日会えない。

 世の中には遠距離恋愛もあるのだし。


 今まで毎日会ってた分が貯金されてたりしないのかな? 無理。

 啓のいない毎日なんて忘れちゃったよ。啓の笑顔も、毎日ころころ変わる笑顔も、思い出してみろって言われて、都合よく思い出せるのかなぁ?


 ほら、あんなに薄紅に山盛りに咲いていた桜はあとかたもなくて、いまは濃緑色の葉っぱだけ。キャンパスは夏本番。蝉の声が響く中、みんな、テストに向かってる。


「風」

「……おはよう」

「怒るなよ」

「怒ってないよ」

「添い寝して途中までしか終わらなかったなんて。申し訳ない!」

「代筆、バレても知らないからねーだ!」

啓は、わたしを慰めようとしていて、自分が先に寝ていた。明け方目が覚めたとき、啓を起こして、更に終わりそうになかったので「間」はわたしが書いた。

 わたしは思いっきりあっかんべーをした。……でも心の中ではわたしが悪いことはわかってるので、怒ってるふりだけ……。


 大学にはいろんな人がいるので、いろんな需要がある。啓みたいに表立って行動出来る人、わたしみたいにこつこつ作業が好きな人、美夜ちゃんみたいにデータ取り完璧な人、……中にはクラスで全然目立たないのに、クラスで一番難しいとこに入る人もいて。目立たなかったけど真面目だったんだなぁと感心する。


 前期の授業もとりあえず終わって、またコンパかなー?


「ねーねー、休みの前はみんなでまた飲むの?」

お昼をおうちで食べたあと、啓がいやーな顔をする。

「……飲むよ、行くの? 行くー! やっと少し飲めるようになったし、うれしい!」

「風ちゃん、ここに座りなさい」

 着替えの途中だったけど、とぼとぼと座る。

「まず、服装ね。実験の時の同じでいいから、つまりかわいいおしゃれな服は不可」

「それから、そのお酒は飲めるか香川さんかオレに聞くこと。わかった?」


 そして美夜ちゃんに会う約束をして、図書館前で待ち合わせた。

「あれ? ちーちゃん、テストの時、いたよね?」

「いたよ、わたしが誘わなかっただけ」

「ちーちゃんとケンカしてるの?」

「そうじゃないんだけど、さ」

 美夜ちゃんは足元のシロツメクサを、ブチブチとちぎっていた。


「あのね。高城くん、地元に帰るんだって」

「地元?」

「うん、長野」

「大丈夫、千葉からすぐだよ」

 美夜ちゃんの、いつもは気丈な顔がぐにゃりと歪んだ。

「ねえ、毎日一緒にいたのに、どうしたらいいの? 慣れちゃったら、ほかの誰かでも良くならない?」

「実はね……今ね……啓も海洋呼ばれてて、そしたら電車で、行き来、無理だと思う。でも、一緒にいたい。でも……夢の邪魔はしたくないの。えへへ」

隣で自転車の、止まる音がして、案の定、啓だった。

「高城さんが、カフェで待ってるよ。早く来たらアイスおごるって」

「風、ありがとう!」

美夜ちゃんは小走りに行ってしまった。


「こら」

啓にかるく鼻をつままれる。

「ふたりで勝手に遠恋の打合せしないー!」

「だって美夜ちゃんが……」

「人のせいにしなーい」

「……」

「風には納得いかないかもしれないけどさ、ふたりは遠恋決定なの。風にできるのは応援。香川さんが揺らがないようにね」

「啓は、美夜ちゃんや先輩の心配しないのー?」

「してるじゃん。……さっきちょっと話したんだけどさ、高城さん、香川さんのために向こうで就職先、もう見つけたんだって」

……シンデレラ?

「お父さんとお母さんにも挨拶したって言ってたよ、ね。外堀的には完璧だよねー?」

完全に頭の外のことを遮断していたら、啓がこちらに顔をのぞき込んでいた。

「うち、来る? あ、風の家が先だけど、お正月とか」

「お、お正月? 近くない?」

「そんなものじゃないの? とりあえずお互いに顔見知りになるためには」

顔が赤くなって下向いてしまう……。むかし、みんなで指差して笑った雑誌の記事を思い出す。「彼の御両親に気に入られるファッション」……。シャレにならない。

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