第66話 将来の話
「じゃあまたね」
と手を振って、お姉ちゃんたちと別れた。子供の頃はお姉ちゃんとわたしが手を繋いでたのに、今は別々の家に別れるなんて……不思議だ。
あ、しかもわたしなんか自分の部屋でもないし……。啓に甘えてるなぁ。
ふたりでとぼとぼ帰り道。楽しいことが逃げて行っちゃうような気になる。
「どうした? さみしくなったの?」
「え? わたしまだ、何も言ってないよ?」
「見てればわかるんだよー」
啓は魔法使いのように、わたしの気持ちをわたしより先に知ってしまう。……見てればわかるってほんとかな? わたしも啓の秘密が知りたいかも。
「お腹空いたでしょ? 帰り、駅のとこのうどん屋さん行こうか? 土日、休みだっけ?」
「大丈夫だと思うよ」
「じゃあ、それにしよう」
大きな手で、ぎゅっと手を握られて、各駅停車にごとごと乗った。
「ねえ?」
「うん」
「風のお姉さんてさぁ、風そっくりで笑える……失礼」
「そうかもねー、何をするにもくっついて歩いてたし」
「いいお姉ちゃんだね」
「うん」
「そう言えば……」
「?」
「来週のゼミの見学と説明会、啓はどうするの?」
「あー、オレ決めてるよ」
「そうなんだぁ……」
教えてもらえなかったことに、軽い失望を感じる。彼はわたしの肩をぎゅっと抱いて、
「就職しやすいとこにする」
「大事だよねー」
「だーかーら! どうしてわかんないかな? 早くお嫁さんにもらいにいくってことだからね!」
びっくりして言葉が出ない。だってそんなこと……先のことだとばかり。
「ねえ。オレ、運命変わっちゃってもいいかなって思ってる。元々、社会に出て働くのは嫌いじゃないしさ。風は?」
「わたしは……随分考えたんだけど。何が出来るかわかんないけど、植物学かなぁって」
「向いてるよ。熱心に実習やってたし。植物画も標本もみんなよりずっときれいにできてたしね。山に入るのは微妙だけど、なんとかなる」
将来のことになると、なんか焦る。
わたしみたいなぼんやりでも焦るんだから、みんな、焦るだろうなぁ。
「キャンパス外の研究室に風が行きたいって言い出したらどうしようかと。……想定外だけどさ、オレも近くに変わるかってー」
「将来のこと、わたしのために左右されたらダメだからね!」
「……」
「ダメだよ。大丈夫だもん、例え場所が離れてても」
ぎゅっと手を繋ぐ。
「本格的に移るのは春からだから、まだ余裕あるよ」
わたしは男の子たちが話してたのを聞いていた。啓は、電車でも一時間異常はかかる海洋生物学実験室に行きたいって話。しかもあまりに遠いので、寮があるらしい。向こうの教授に内々定をもらったらしいこと。毎日どころか月に1、2度会えればいいてこと……会えない日が多くなる。啓に会えない日なんて。本当は思いもつかない。
そういう覚悟をしておかないと、と思う。だってわたしたちは、口約束しかしていない仲で、お互いの将来を縛ったりする権利はないのだから……。
啓が、「わたしのために」って思ってくれる気持ちは本当に嬉しい。けど、そのために人生を半分以上ダメにしてしまうのは、わたしはすきじゃない。
人生は欲張って何かを得ていくものだって、お姉ちゃんも言ってたし。
啓は掴んでいる手すりに揺られて、何かを考えていた。静かだけど、難しい顔……。
どうしたら本当の気持ちを教えてくれるんだろう?
駅について、決めていたうどん屋さんに入った。
「いらっしゃいませー」
夫婦二人で、イチからお店を作ったんだそうだ。おじさんがサラリーマンを辞めて、四国に修行に行くって言われた時、どんな気持ちだったんだろう?
「あら、止めても仕方ないわねと思ったわよ」
と奥さんはころころ笑った。
「この人も頑固だからねー、きっとやると決めたからにはやるんだろうと。何も本場まで行かなくてもねぇとは思ったけど」
そうかー。そういうふうに受け止めてあげることもできるんだなぁ。
「でもね、男の人は決める時にちゃんと覚悟決めてるんだから、そこのとこはわかってあげないとね」
天ぷらうどんのおつゆの向こうにおばさんの影がぼんやり揺れていた。お茶のお代わりをいただいて、席を立った。おじさんは出る時に、「毎度!」と喋ったきり、何も言わなかった。
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