第65話 まだ先のこと?

「うーん、コンビニ、寄るよね? 寄るよね?」

 わたしが聞くと、何故かみんなの空気がしーんとなった。

「喉乾いたのかな?」

「ちげーだろ」

 お兄さんに対するお姉ちゃんのツッコミは厳しい。


「もう、誰かふうのこと見てなかったの? あんなに飲ませちゃいけないって言ったのにー」

「飲んでないよォ、ちょっとだけだよ? みんなでビールちょこっといただいて、その後、杏のお酒? あれを少し」

「いや、あの、責任もって連れ帰りますから!」

「啓くんも災難よねぇ。風はかわいいし、素直でいい子だと思うんだけど、この酒癖が。」

 啓も困った顔で笑っている。

 みんなで笑ってるのは楽しい。


「うちに泊まればいいでしょ? どっちみち、せいの予定では、焼肉、うちで飲み、お泊まりだったんだろ?」

「うーん、なんでいつもバレるのかなぁ」

「たしかに姉妹ですね」

「だろ?」


 ふわふわ、ふわふわ、おうちに帰ってお布団にゴロン。あー、スカートはシワになっちゃうから脱がないと……

「ちょ、何を! お姉さん!?」

「どした?」

「奇行を……」

 空気がまた固まっている。何かいけないことしたかしら?


「風、人前でスカート脱ぐ子に育てたことないわよ!」

「あ、うん、履く……」

「お姉さん、ボクそうじゃないと思うんですけど」

「なぁに? じゃあなんなの?」


「あー、寝る時、風、絶対にパジャマじゃないとダメみたいで」

「ふうん。わかった、私のを貸せばいいのね」

 わたしは啓の布団に気持ちよく転がった。

「啓、ありがとう。わかってくれてすっごくうれしい」


「わかってよかったよ。…うちならともかく、よそではダメだよ 」

「うん」

「お客様がいるときもね」

「うん」

「それから……」

 啓は甘いキスをした。

「これは内緒ね。……オレだって酔うわけだし、酔ってる風は、ほんと、かわいくてよくない」


「パジャマ、用意したわよー。啓くんのは旦那のでいいかな? 身長そんなに違わないよね」

「わざわざありがとうございます」


 なんだか啓はいろいろあってよく眠れなかったみたいだけど、わたしは啓の隣にころんと転がって、朝までぐっすり寝てしまった。

「おはよう」

「おはよう、風。朝から元気だね……」

「あ! おはようお姉ちゃん、朝ごはんの支度手伝わせてー」


 わたしがお姉ちゃんと、悪戦苦闘している間、啓は和室のドアを閉めてから布団を片づけてしまった。

「風、啓くんていい子じゃない? ご飯作ってるからって、ほこりまで気にできる人、女性にだってなかなかいないわよ」

「うん、啓のおかげでずいぶんたくさん助かってると思うんだ……。ちゃんと、『ありがとう』って言うべきだよね?」

「『べき』かどうかはわかんないけど、言ってもらえたらうれしいよねぇ?」

 お姉ちゃんはにこっと笑った。やっぱり血が繋がってるだけあって、お姉ちゃんがいちばん相談しやすい。


「ご馳走様でした」

 みんなで挨拶して、緑茶を飲む。

「なんだか気を回しすぎて酷いことになって申し訳ないわね」

「いや、お姉さんのせいじゃないですよ!」

「ふふ、啓くんはやさしいなぁ。今度は美味しいお寿司にしましょうね」

「楽しみにしています」


 和やかなムードで話題も弾んで、上々の日曜の朝。まだ焼肉くさい気がするから、帰ったらせめて着替えないと。


「ねぇ、風?」

「ん?」

「思うんだけど、あなたこんなに啓くんに迷惑かけてるなら、お父さんとお母さんにも紹介したら?……帰ってないんでしょう?」


「や。それはほら、もっと未来の、ね……」

 なぜかの目が突き刺さる。なにかまずいことを言ったかしらと考える。

 啓が突然、とても真剣な顔になって、わたしの手をテーブルの下で握った。少し、冷たくなっていた。

「お兄さん、お姉さん、気が早いのはわかっています。でもボクは卒業後、彼女にプロポーズします。……応援していただけますか?」

 お姉ちゃんが、なぜか涙をこぼして泣いていた。お兄さんが「まだ先のことだよ」と励ましていた。

「すごい感動したー。やだ、秀もああいうの、言って!」

「や、済んだし」

 わたしは相変わらずぽーっとしていた。だって来るべき時に来るべきことは来るから。それを待っててもいいかな、と思っている。


「ボクは……情けないんですが、入学してから風さんのことがずっとすきで……やっと叶ってつき合えることになって。思ってたより両想いも大変だなぁとか思うんですけど、いつだって彼女にそばにいてほしいと思うんです」


「この子適当なとこあるけど、捨てないでかわいがってあげてね。……お料理は少し勉強させるから」

「いやいや、全然適わないことばかりで。こう見えて、風は怒ると強いし、頑固ですよ」

 とほほ、という顔を啓は見せた。

 そして、目が合った。みんなで声を上げて笑った。

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