第55話 優柔不断
昨日の一件については、ちーちゃんと美夜ちゃんのLINEにメッセージを入れた。別にほんとにいじめたりする気は無いけど……友だちに話しておいて損は無いかなという、計算は働いていた。
「風! それ、どの女?」
教室につかつかと入ってきたちーちゃんは、いつもより早い登校だった。
「だってさ、そういうのって自分の事みたいにムカつく」
「はよー。あ、風ちゃん、大変だねー」
美夜ちゃんのクールなところが好きだ。
「頭数必要なら呼んで?……ん?」
美夜ちゃんはコツコツと踵を鳴らして啓のところへ行った。
「おはよう、小清水」
わたしとちーちゃんがドキドキしながら見ていると、啓の机に美夜ちゃんが腰を下ろした。
「一応、聞くけど。あ、やたらなお節介はやく気は無いのよ。ハッキリさせておきたいのは、うちのサークルの子じゃないわよね?」
どっちでもいい気がするけど、美夜ちゃんの気迫はすごくて、周りのみんなもたじたじだ。
「あ、香川さんの言いたいことはよく分からないんだけど、うちのサークルに入ったらしいよ?」
美夜ちゃんの眉毛が片側だけ上がった。
「『らしいよ?』ってどういうことよ!」
ダンッと机を叩いた。周りの男子はみな、知らないふりだ。
「小清水ね、勘違いしてるみたいだから教えてあげる。あんた、つけ込みやすいだけだから、モテるわけじゃないのよ」
長い髪が風に揺れた。
「相手に妄想抱かせてないで、何度でもハッキリ言いなよ。横に風ちゃんがいたときは言ったんでしょ? いないときはにやにやしてるわけ」
美夜ちゃんは啓を指さして、
「あんたを締めてもいいんだけどさ、風ちゃん、泣くから。あんたがハッキリ出来ないなら。風ちゃんのためにわたし、そいつに代わりに言ってあげるわよ?」
そしてふつうに席に着いた。
わたしは両手、汗びっしょりで。わたしがそうなんだから啓はもっとだろう。……気の毒? わからない。
悪いのはあの子だ。
タチが悪い。
でも啓は? ……なんで話してくれなかったの? なんできっぱりあの子を突き放してくれなかったの?
……いい顔、したいのかな? 女の子にモテたいのかな? あの子が、好きになったのかなぁ?
わたしはどうしたいんだろう?
このまま、啓を疑ったまま、やっていけるのかなぁ。だってきっと、このことは消しゴムで消えたりしない。
講義が終わって、三号館の狭い入口で例のピアスの子とすれ違う。わたしはもちろん、声をかけたりしない。啓たちは後ろの階段を下りてくる。要するに、啓の時間割はバレバレなのだ。
知らない顔でさっさと歩く。ちーちゃんが何か言おうとする。
「せんぱーい。小清水先輩! 彼女さんと喧嘩ですか? 一緒にランチ行きませんか? 先輩と一緒ならどこでもいいですー 」
周りの人たちも、あまりのことに時が止まったように固まった。ちーちゃんが袖を引っ張る。美夜ちゃんはわたしの横顔を眺めていた。
どれくらいの時間だったんだろう。
でも、わたしはそのとき、リミットだと感じた。
「堺くん、昨日のこと、覚えてるよね? 食事、一緒していい?」
きっと目は笑ってなかった。それどころか惨めすぎて、やってることがバカすぎて涙が出そうだった。啓はただ、わたしを見ていた。
堺くんが、わたしが限界であることに気がついて、肩を抱いて一緒に階段を下りてくれる。
「風!」
ちらりと上を見る。
「バイバイ……」
ハンカチをカバンから出す手がカタカタ震える。堺くんが手の甲をそっと触れてくれる。
「落ち着くまで、そこ、座ろうか?」
わたしはうなずいた。
「昨日の今日だから、あれは啓が悪いと思うよ……。傷ついたね?」
こくん、とうなずく。
「どうする? ……どうしたい? 俺は小鳥遊さんが好きだから、それは変わんないから、小鳥遊さん次第だよ」
大きく深呼吸する。
「わたしは」
……ねぇ、だって追いかけてもこないじゃない。
「啓を信じたいと思ったの。でもそれも裏切られた感じ? あの子は狡猾かもしれないけど、振り切れない相手じゃないもの。……なのに、そうしないのね」
堺くんも大きくため息をついて、わたしの肩を抱いた。
「確かになんで断らないのかな? 好きで好きでやっと手に入った彼女がいるのになぁ」
「さよなら、ってこと?」
涙が出て、笑えてきた。正反対のタイプみたいだったもの。あの子のことを考える夜もあるのかもしれない。知らないところでも、あの子のことを考える啓がいるのかもしれないと思うと……とても我慢できなかった。
「堺くん、わたし、怖い。わたしがわたしじゃなくなりそうで怖いよ」
堺くんは手を繋いだままで、
「君の代わりには誰もなれないよ」
と言った。
その後は学食で食事をしてから、啓の部屋に行って持ち物を大体持ち帰った。とりあえず、わたしは実家に帰ることにした。
「いいんじゃないの? 進み方が早かったから、こういうときもあるんだよ」
と慰めてくれた。いつも明るくて人好きのする彼は、中身がすごく冷静な大人だということに気がついた。
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