第46話 体温を感じて

 悪戦苦闘。

 お粥の作りかたが……。


 ネットで調べたらお米からお鍋で炊くとか、ありえない。お姉ちゃんにLINEする。

『お姉ちゃん、彼が風邪ひいてお粥の作りたいんだけど、どうしたらいいかな?』

 氷まくらと風邪薬、体温計を買う。


『まだ彼氏のとこ? たまには連れておいでよ、会ってみたいから』

『風邪が治ったら聞いてみるよ。お姉ちゃん、お粥』

『ご飯をザルに入れて水でほぐすようにあらって、それからヒタヒタのお水入れて柔らかくなるように煮る。焦がさない、それから泡がぶわーってなったら差し水をちょっとしなさい』


『なるほど。お米じゃなくていいのね?』

『煮る時にお出汁入れてもいいよ。だしの素、あるでしょ? あと、梅干しとかしば漬けあるといいかも』


 お姉ちゃん、神……!

『お姉ちゃんありがとう! 勇気が出た!』

『なに、勇気って』

『ありがとう』

『彼氏を殺さないようにね(笑)』

 ……冗談にならない。


 ということは、あるものでほぼ足りそう。

 買い物はもういいかな。

 急いで帰る。


「ただいまぁ」

 何の気なしにドアを閉める。啓がいる。

「おかえり、風」

「熱あるのに、なにしてんの……?」

「いや、ほら、風が『ただいま』って言うところ、見たいなって」

 ……この人、わたしが熱があることを心配してるってわかってるのかな?


「ただいま、帰りました」

 しゃがみこんでリビングのドアの前でわたしを見ている啓に、わたしも同じ目の高さになって、頬にキスする。

「ちゃんと帰ってきたよ。お布団いこ」

 啓もわたしの頬にちゅっとして、ごそごそと布団に戻る。

 わたしは氷まくらをしまって、啓の熱を計る。

「38.4℃」

 啓もやっちゃったなって顔になる。


「……明日、病院にいく?」

「それより明日はバイト」

「明日の様子見だね」

 タオルを水に浸して、よく絞る。

「ありがとう」

「気持ちいい?」

「うん、すごく」

 薬を持ってくる。


「ねぇ、早くシャワー浴びてきてよ。一緒に布団に入ってくれないと治らないと思う」

 そんなかわいい顔で言われても……。

「じゃあ、シャワー借りるけど、覗きに来たりしないで布団に入っててよ」

「ダメなのかー」

 とか言いつつ、熱で顔が真っ赤だ。お風呂の前に薬を飲むように用意した。


 急いでお風呂を上がると、啓は真っ赤な顔で汗をかいて寝ていた。……こんなときはきっと、すごく辛いに違いない。

 ちょうど良く冷えていた氷まくらを、触り心地のいいタオルで巻いて、頭の下にそっと入れる。

 啓の目がぱちっと開く。


「起こしちゃった?」

「風……そばにいてよ」

「いるよ」

 体温計を取りに行こうとすると、啓がわたしのパジャマの裾を掴んではなさない。

 布団を少しまくってあげる。

「啓、汗すごいから体拭いて、シャツ替えようか?」

「どこかに行かない?」

「行かないよ。タオルと代わりのシャツ、持ってくるよ」

 ずいぶん熱がありそうだった。飲んだ薬もあまり効かなかったみたいだから、明日、下がらなかったら病院に行った方がいいかもしれない。

 体温計で熱を計ると、やはり薬を飲んでいるのに熱が下がっていない。


『彼の熱が高いんだけど、すぐ病院行った方がいいのかな?』

 お姉ちゃんに送ったメッセージはすぐに既読がついた。

『どれくらい?』

『38℃から下がらないの。薬飲ませたのに』

『男の人は熱が高く出るから、様子見なさい。また相談に乗るし』

『お姉ちゃん、ありがとう』

 お姉ちゃんはしっかりしていて、今までだっていつでもわたしの憧れだ。


『しかし、あんたに料理させたり、看病疲れさせたり大した彼氏だわ。本当に一緒に遊びにいらっしゃい』

『うん、熱が下がったら』


 お姉ちゃんの言葉で少し落ち着く。今度は洗面器にお湯を張って、彼の汗を拭う。

「……自分でやるよ」

「うん、ふきにくいとこだけ」

 啓はやっとで起き上がって、体を拭いてシャツを替えた。


「あー、薬効いてきたかも。ありがとう、風」

 飛びかかるようにわたしに抱きついてきた。

「熱、計ってみようか」

「うん」

 ふたりでほんの少しの時間、黙って音が鳴るのを待つ。

 やがて、ピピピ……と音が鳴った。

「下がったと思うよ」

 いつものいたずらっ子みたいな顔をして、啓は笑った。体温計を見ると37℃ちょっと。


「……!?」

 わたしから抱きつく。

「安心したー」

 ずっと不安だった気持ちが、安心に変わる。啓はわたしの頭を抱いた。

「キスはダメかー。少しガマンだ」

 わたしはくすくす笑った。


「こんなに風がかわいいのに、何も出来ないなんてなんか神様、意地悪」

「啓がいつも悪い子だからだよ」

 今日は断然、わたしが強い。啓をやり込めることが気がする。

「ちゅーはほっぺだけね」

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