第45話 たまには役に立ちます
夕飯のあと、啓がのんきに鼻歌を歌いながらお風呂に入ってる間に食器を洗う。洗うとひとくちに言っても、たったふたり分。
「風」
「はーい」
「ちょっと来て」
とことこ歩いていく。何か出し忘れ?
「何か持ってくるの?」
「ううん」
彼は少しだけ浴室のドアを開けて、わたしを見ていた。
「顔が見たかっただけ」
またしても、赤面せずにいられない。
「こっちにおいでよ」
啓のイタズラ好きも困ったもので。要するにわたしが困った顔を見たいのだ。
「啓、裸だよ」
「そんなのもう関係ないよ」
「あるよ!」
「ないない。どれだけ深い仲だと……」
洗面器を投げてやろうと思った。
「じゃあさ、啓はわたしの裸見てもなんともないんだ」
「いや、それとこれとは違う」
「違くない」
「その話、続けたい?」
なんか良くない流れ……。
「オレ、すっごくやる気になるけど?」
「……部屋で待ってるから、ごゆっくり」
ああ、また口で負けてしまった……。
啓に口で勝てたことがない。確かにわたしは人より話が上手ってわけじゃないし、なら、たまには負けてくれてもいいんじゃないかな?
スマホで美夜ちゃんとLINEしてた。珍しく美夜ちゃんがメッセージくれたので。
今日のお昼のことと、ハンバーグ作れなかったこととか。
『確かにハンバーグくらいは小学生でも作れるんじゃない?ww』
『むかし調理実習で作ったから、できると思ったんだよー』
『笑笑』
最近、あまり話さなかったから、楽しかった。
『で、まだ小清水のとこにいるの?』
『うん、親も何も言わないし週末帰ろうかなーとか』
『ふうん』
ガタガタッという音が聞こえた。LINE、やめないと。
『わたし、別れたの』
「えっ!?」
落ち着け、わたし。声にしても届かないから。
『潮時かと思ってたからいいの』
『だって良くないよ。まだ好きなんでしょう?』
『好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないの』
そうなんだ……。好きとか嫌いとかじゃはかれない問題なんだね。
『実家、新潟なの。一緒に行くかって』
『行かないの?』
『簡単なことじゃないよ』
少なくとも一年は遠恋か。確かに自信はないかも。離れたら……何で結べばいいのかわかんない。
「風?」
『ごめん、啓来たから』
『仲良くね』
美夜ちゃんはやっぱり大人だ。
大人だから、そうやってプロポーズされたり、遠恋についてきちんと考えたりできるんだ。わたしなら、パニクって無理。
「LINE?」
「ああ、うん」
パタパタと裸足の足で床を歩いてくる。で、わたしが両手で抱えていたスマホを取り上げる。
「何する気?」
「風の反応を見る気」
……。険悪なムードになる。
「風はロックかけない派でしょ?」
「さあ、どうでしょう?」
「……境?」
「は?」
「誰? オレの知ってるやつ?」
わたしは可笑しくて大声で笑ってしまった。そんなに何に嫉妬する必要があるのかわからない。わたしのスマホを持って前かがみになっている啓に、わたしは口づけをした。
啓はスマホをテーブルに置いて、わたしの口づけに応えてくれる。少しずつ、少しずつ、何かが深くなって、溺れそうになる。
「何に嫉妬してるの?」
途切れる口づけの合間に、尋ねた。
「何もかも」
「バカね、美夜ちゃんだよ」
口づけを忘れて、啓はわたしの顔をじっと見た。
「香川さん?」
「そうだよ」
「……」
「問題ないでしょ?」
啓は微妙な顔をして、斜め下を見ていた。
少し、何かを考えている。
「あのさ」
「ん?」
「男の、LINE入ってるやつ、いる?」
また複雑な問題になってきた。
「うん、境くんは入ってるよ。てゆーか、クラスLINEでクラスの男の子、ほとんど繋がれる……」
無理やり、両手を掴まれてキスされる。噛みつかれそうな勢いで、ちょっと怖くなる。
「繋がる、とか言わないで」
「啓としか、現実では繋がらなければいいんじゃないの?」
「……そういうことじゃないの」
啓は本当に嫉妬深くて……正直、そんなに嫌じゃない。怒るけど、縛りつけたりされないし。本当にスマホ見たりしないしね。
啓はベッドの上でゴロゴロしている。
「のぼせちゃったかも」
「お風呂から鼻歌、聞こえてたしね」
「あー、聞いてた?」
ガバッと起き上がって、顔が赤い。
「美夜ちゃんと話してる間、聞こえてたよ」
「癖なんだよね……。風と一緒のときは歌わないように気をつけてたんだけど」
目を合わせられなくなった、照れてる啓を見るなんて珍しい。「好きです」って言ってきた時も、あんなに堂々としてたのに……。
「啓?」
「なぁに?」
答えずにおでこにおでこを当てる。やっぱり。
「熱あるじゃない。はい、しばらくはわたしの美味しくないわたしの食事でガマンしてね」
「えー、大丈夫だよ。今までだって一人でなんとかしてきたし」
「まったく、のんきに長湯してるから。わたし、買い物してくる。氷まくらとかないでしょう? 風邪薬は?」
「あ、何も無い。ありがとう……」
「こんなわたしでも役に立つことはあるのよ、たまにはね」
啓はおろおろしていたけど、わたしは足取りも軽く薬局へ向かった。
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