第44話 女子力
結局、啓はひとりではさみしくて生きられない人なんだ。だから友だちとわいわいやったり、コンパのときも仕切り役に徹したりするんだ。
……そう思うと、かわいく感じないこともない。
「
「終わった?」
「終わったー!」
単に午前中の講義が済んだだけなんだけど、テンション高い。
「ご飯、何食べようかー?」
手を繋いで歩き始めるとなお一層機嫌が良くなる。
「ねぇ、あそこのお店に行ってみない? サンドイッチの」
「あー、プレスサンドの」
「コーヒー小川だっけ?」
それでは、と正門出て右に行く。
「うお、美味しそう」
中に入ってメニューを開くといろいろなプレスサンドがあった。
「わたし、ハムチーズにしようかな、スタンダードに」
「うーん、じゃあオレは、迷うけどツナエッグで。飲み物はアイスティーとアイスコーヒーで」
……。啓をまじまじと見る。
「飲み物、他のがよかった?」
「ううん、何も相談してないのにわかるんだって思って」
「わかるだろう? 風はわりと何処でも新しいものに挑んだりしないし。一緒にいればわかるでしょ? オレンジジュースか紅茶でしょ?」
にっこり微笑まれる。そうなんだ……わたしのこと、啓はなんでもよく知ってる。わたしは啓のこと、同じくらいよく知ってるかというと全然だ。相変わらず、わからないことが多い。
「美味しい!」
お店中に響く声で言ってしまって恥ずかしくて走って逃げたくなる。お店の人も、くすくす笑っている。
「オレさ、風はそれくらいがいいと思うんだよ。もっとこう、控えめじゃなくなっても風の魅力は変わらないし」
「……もっと突き抜けていいわけ?」
「いいよ。オレなんかいつもそう言われてるけどなぁ」
啓と同じくされてもなぁ。
啓はいいのだ。いつも自由奔放で開放的だから。……みんなが思ってるよりずっと繊細だけどね。
わたしは。……わたしは啓に見合うほど魅力的なのか、自分ではわかりかねている。
「風」
「はい」
「変なこと考えてるでしょ? 美味しいもの食べてる時は集中しなさい」
「ごめん」
食べるときは食べることに集中しないとね。自分で料理をするようになって、余計そう思うようになった。
「半分こにしようか?」
啓がわたしの考えてたことを読み取ったように、やさしく囁いた。
「うん」
ハムチーズとツナエッグが仲良くお皿に並ぶ。
「え? パセリ食べるの?」
「うん」
「苦くない?」
「……さっぱりするよ」
啓は隠し嫌いな物が多い。何でも食べられる顔をして、セロリやアスパラはあまり食べない。でもいいところは、人前ではきちんと食べるところだ。
「少しずつ食べればいいんだよ」
顎の下で指を組んで両肘をついた姿勢で、彼が食べるのを見ている。
「あ、パセリ。サンドイッチと食べると美味しい。新しい発見」
微笑ましい気持ちで彼を見た。
「美味しくてよかったね」
「食べたから、ご褒美あるよね?」
わざわざ耳元で囁いてくる。そういうとこ、子供。
「ご飯のおかず、買わないとね」
啓はまだブツブツ言っていた。
今夜はハンバーグにしよう、ということになった。……啓に教えてもらう。
まず、タマネギのみじんぎりができない! 涙が出て、前が見えないし……。
「タマネギ切ってあげるから、顔を洗っておいで」
と啓が言ってくれる。今度、タマネギの上手な切り方を学ぼう、とリベンジを誓う。
そもそも、啓のためにお料理を教わったのになんで習ってるの、わたし?
啓は手際よくタマネギを炒めている。鼻歌まで歌って、いつになくご機嫌。
「これね、この後余熱を冷ますんだよ」
平たいお皿にのせる。軽くラップして冷蔵庫へ。
「で、パン粉に牛乳かけて、軽く牛乳に混ぜてやってパン粉に充分吸わせて、それから色々混ぜてくの」
「な、なるほど……」
ほんとにいつも立場ない……。今日も敗北。
「あと混ぜて焼けばいいからお風呂入ったら?」
「……ごめんね、家庭科で習ったのに」
「結婚するまでに覚えてくれればいいよ」 チュとされる。
こういうときは、啓のほうが対応が大人。
シャワーを終えて出てくると、ご馳走が待っていた……。女子力って……。
「今日はハンバーグとマッシュポテト作ったよ。スープは簡単にオニオンスープ」
と言いつつ、見栄えのためかブロッコリーが、ハンバーグと同居している。
「うちにお嫁に来る?」
「それはダメ! 嫁をもらうのもロマン」
「じゃあうちが、お婿さんじゃないとって言ったら結婚しないの?」
これではわたしが雨に濡れた子犬になってしまう。
「おいで、そうじゃないでしょう? オレは自分から結婚を申し込みたいの。お婿にならなくちゃいけないなら、喜んでなるとも」
濡れた髪を軽く拭いてくれる。
「食べたらまた拭いて、ドライヤーかけてあげるね」
啓のハンバーグは絶品で、しばらく学食のハンバーグは食べられなくなった。
「シナモン多めが好きなんだよね」
と言いつつ、彼も相変わらずの大きな口で食べている。ブロッコリーは意外なことに嫌いではなかったらしく、ふつうに美味しそうにいただいていた。
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