第43話 離れて過ごす時間
啓のやきもちは、思っていた以上に大変だった。おかげでサボってはいけない朝イチの授業を1回サボってしまった……。
美夜ちゃんからはお叱りメッセージが届き、ちーちゃんからは煽るような言葉が送られてきた。
二限は代返がきくので頼んでしまったけど……。
原因はわたしたちじゃないにせよ、家に帰るべきなのかもしれない、と必然的に考えた。
「おはよう」
啓がボサボサの頭で起きてくる。いつもなら啓の方が余程、早起きなのに。
「おはよう、出来ないながらの朝食、食べる? お味噌汁、作ったよ」
「食べるとも」
欠伸を大きくして、席につく。今朝は大人しいけど、寝ぼけてるせいだろう。
「風はよく起きられたね?」
「え?」
「あんなにして、疲れないの?」
飲んでいた味噌汁を、吸い込んでしまってむせてしまう。
「あ、あんなにってそれは啓が」
「オレ?」
「そうだよ 」
斜めに見つめる。
「『やめて』って言わないから、限界まで行ってみようかなって」
にこにこして、お海苔を食べている。
「それが聞きたかったの?」
「誰だってそうじゃない? 『やめて』って言われたら萌えるし、絶対やめない」
やめないんだったら意味無いじゃん……。
でもわたしも、あれ以上は体が壊れちゃうよ。
「あれ以上したら、わたしの体が壊れると思うから。そこを考慮して続けてください」
わたしも負けずに宣言した。
どうせ二コマは出ないのだから、午後まではゆっくりしようと言うわけで、洗濯機を回しながら、床に寝転がってオセロをした。
わたしとつき合うまでは何人も友だちが来て、男同士で遊んだらしい。
「今は遊ばないの?」
って聞くと、
「まぁいろいろあるんだよ」
と不明瞭な言葉が帰ってきた。
そう言えばわたしとつき合う前は男の子で集まってた気がする……。
「風、風の番だよ」
「あ、はい!……端取られてる」
「ぼんやりしてるからだよ」
オセロのコマを持って、啓はニヤニヤ笑った。
「あ、わたし今日はバイトなんだ」
「うん。オレも同じ日に入れたから」
「……1回帰ろうかな」
「塾は自宅に近いんだよね?」
「うん」
啓は遊びに行くのを止められたような顔をしていた。
「今日だけ帰って荷物入れ替えて、また来るよ」
「そっかー。……さみしいね」
あ、ダメ、そんな目で見られると……。
お昼も啓の家でチャーハンを作って食べた。啓はまるで、わたしが二度と帰ってこないかのような落ち込みっぷりで……。
「ねぇ、啓もバイトでしょう? きっと忙しくて一日が終わるよ」
「……風はそうかもね」
恨めしそうな顔をして、大きくため息をつく。
「土日はどこかに行く? 啓、買い物好きだって言ってたじゃない?」
「考えておく」
振り向いた顔はすでに、ウォーキング・デッド状態で。
考えると、啓はもともとさみしがりなのなもしれない。でもねぇ、やっぱりわたしには実家があるから、帰らないわけにいかないし。
バイトが終わって、スマホを見ると、
『やっぱり帰ってきて。さみしい』
と書いてあった。
『明日はそっちに荷物置きにいっていい?』
と聞いた。
『……やっぱりダメなんだね』
『浮気しないで待っててね』
……既読ついたのに、返事がない。でも、ここは気をつかってばかりじゃなくて、我を通すところだ。流されないようにやって行かないと続かなくなるって美夜ちゃんも言ってたし。
「あら珍しい。おかえりなさい」
お母さんが何でもない顔で迎えてくれる。「……怒らないの?」
「どうして怒るの?お姉ちゃんみたいに優良物件だとなお良しだけど」
「優良物件だと思うよ」
「娘がもてるのはわたしがもてたから」
部屋に荷物を置いて。久々のプライベート空間を堪能する。一人もそんなにきらいではない。
『やっぱりさみしい』
ご丁寧にスタンプまで押してあるし……。『親にも怒られなかったから、啓の都合がよけけば行くよ』
やったー、とかスタンプ来てる。テンション高いなぁ。
翌日は朝から授業が、あったので、早く荷物を置きに行く。
ピンポーン
……誰も出ない。
ピンポーン
部屋を間違えたかもとうろたえる。
ピンポーン
ああもうダメ、どうせ学校で会うからいいや。
髪の毛がびっしょりの啓が、急いで出てきた。自分がびっしょりなのに、わたしをさっさと、中に入れてしまう。
「ごめん、昨日飲んだら寝ちゃって」
「わたしこそ連絡するべきだったからいいよ」
ぎゅっと抱きしめられる。啓、やっぱりびっしょりだ。
「濡れてるよ」
「あ、ごめん!」
「拭いてきて。朝ごはん食べた?」
「まだ」
「じゃあ、簡単に作るね」
目玉焼きとトースト。カップスープとミニトマト。飲むヨーグルト。
「風も上手くなったよね。料理」
「ありがとう」
飲むヨーグルトだけいただく。
「トマトは?」
「あーん」
あーんしてトマトをもらって、少し酸味を感じる。
「食事中だけど」
「ん?」
「キスしていい?」
「いいけど。でも今日からまたお世話になる……」
後半は消されてしまって言葉にならなかった。捕まえたら逃がさない。と目が語っていた。
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