第47話 お粥の作り方

 翌朝、啓の熱は嘘のように下がっていた。お姉ちゃんが心配して、わざわざLINEしてくれた。

『おはよう。彼氏の熱は下がった? 下がったと思ってもまた夕方上がることあるから、油断したらダメだよー』

 お姉ちゃんはいつも、気の利く人だ。


「だってよ?」

「うーん、でも、学校行かないと風は学校いくでしょ?」

「空きコマはここに来るから」

「……わかったよ。寝てる」

 困ったことに彼は私がこの部屋から出ることが嫌みたいだ。


 でもわたしは自分の単位のためにも行かないわけにいかないし。

「ごめんね、ちょっとだけ」

 ふて寝したふりをしている彼の耳元に軽いキスをして、やり過ごそうとしたのに……捕まってしまった。

「捕まえたもんね」

「啓! わたしだって怒るよ、あんまりふざけると」

「一緒に行くか、一緒に行かないか、どっちかだよー」

 ニヤニヤして、わたしが困るのを見ている。


「だって啓だって、理由なくわたしが休むのは問題だと思うでしょ?」

「だな。じゃあオレも行こう」

「だって、熱」

「今は下がってるし」

「……」

 本当に、あー言えばこー言う。確かに啓だって休まない方がいいんだもの。


「わかった。二コマ目は休めないから、一緒に行こう。三コマは休んでもレポートのみの先生だから、ここに帰ってこようね」

 啓は、うれしそうな顔でにこにこだ。学校なんて、休める理由ができたらうれしいのに。


「着替えるねー」

 荷物をどさりと置いて、髪がほつれたのに気がついて、もう一度解いてピンをつける。

「……ねぇ、今のもう一度やって?」

「え? 何もしてないよ?」

「髪留め、つけたじゃん」

 ああ、そのことか、と思った。

「なんてことないよ? 帰ってきたらやってあげるね。今は急がないと」

「ええ? それくらいいいじゃん」

「それだけ、の間違いだよ」


 わたしはカバンを持って走った。

「待ってよ。もう、わからずやめ!」

 階段の下まで走って、啓を待つ。

「あとでやるからね」

 まだ怒ってるし。

「いま、見たかったの。……すごく色っぽかったのに……感動した」

 今更なにを? ここに泊まりに来るようになってどれくらいの回数、髪を調えたと思ってるんだろう。男の子って……啓って、よくわかんないなぁ。


 一体どうしたものか、授業も隣の席で聞こうと言い出した。堺くんが以前言っていた通り、わたしと啓はかなり似通った授業を取っている。


 でも、つきあい始めてからも一度も、同じ席に座ろうとはしなかった。もちろん堺くんとは気まずいだろうけど、啓と座ってもみんなが気にしていると思わなかった。


「深見さん、香川さん、今日は授業も拉致ります、すみません」

 変に仰々しく挨拶をしている。

「小清水、風邪だって? うつすなよ」

 ちーちゃんはいつもスパイシー。

「無理しないで休めば良かったのに」

 美夜ちゃんは、大人のスタンスだ。


 隣の席に座った啓はひたすら怠そうにうなだれている。たまに顔を見るんだけど、どう見てもリビング・デッドで、何とかしてあげたいけど何もしてあげられないのがもどかしい。

『大丈夫?』

 とノートの端に書いて見せる。

『もうダメぽ。言うこと聞けばよかった』

 啓と目が合う。どうしようもない人だな、という顔をしてしまう。

 一度、啓が指されてあたふたしていたけど、幸いわたしは少し早く予習してあったので、ノートを貸した。


 授業が終わり、お昼と午後の授業はサボって帰る約束にしていた。スポーツドリンクを買う。

「啓、うちまでもう少しだよ」

「うん、コンビニ涼しい、気持ちいい」

「啓、おでこ」

 彼は今日は素直にしゃがんで、おでこを差し出した。

「……早く帰って寝ようね。上手くバイト、断るんだよ?」

「うーん、あんまり休んだことないから、自信ないけど」

 そういうところ、真面目で好感持てるんだよなぁ。啓のいいところの一つ、何事も一生懸命なとこ。それから、裏表が無いところ。

 そういうところが、いつもわたしを支えて守ってくれる。


 部屋に戻ってまず着替えてもらう。

 体も本人が望むので、シャワーをさっと浴びさせる。心配で、脱衣所の前でバスタオルを持って待つ。

 シャワーはすぐに済むので、すぐに着替えさせて、髪を乾かして布団に入れてしまう。

「お腹、空いてる?」

「たぶん」

「じゃあ、やってみる。啓、体温計ここね」

「眺めてるのはアリだよね?」

「見えちゃうから、仕方ないよ。上手くできるよう、祈ってて」


啓の熱は38.1 ℃で、やっぱり上がって来ていた。

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