第30話 パジャマはお揃いで

 明るくなった気がして目が覚めると、すぐそこに啓の顔があってびっくりしたあまりガバッと飛び起きようとした。


「待って!」

「……はい」

「ごめん、ごめん。寝てる風がかわいくて、こっちにコロンて転がってきたから、つい、魔が差して……」

「?」

 何か、あったりしてないよね?


 昨日は酔ってしまって泣いちゃって、なだめられて……覚えてない。

「腕枕、したいなーって思ったら、ほら、動くなよ」

「だ、だって!」

「すごーく痺れてるから、腕。風が動くとマジでヤバい」

 痺れてるならなおさら、わたしがここから出ないと治らないと思うんだけど。

 心配そうにしてると、

「ほら、腕枕も醍醐味? ってやつ?」

 ……プラス思考だなぁ。


 しばらく仕方がないのでじっとしてたんだけど、自分の状況を確かめようと思って……。

「あの、Tシャツと、下着……」

「着替えさせてあげようと思ったんだけど、風、暴れるからさ」

 啓はにやにや笑っている。


「一人じゃ着替えられないくせに、手を出すと『ダメ』とか言って。いやー、ある意味、萌えた! たまには抵抗されるのもいいよね」

 いや、良くないと思う。

「ま、もうしちゃったも同然の仲だし、いいかなーと思ったんだけど」

「良くないよー」

「そっか、じゃ、ちゃんと今度は着替えてね。朝メシ用意しとくから、シャワー浴びておいで」


 あーもー、泣きたい。


 シャワーから上がると、テーブルの上に朝食が用意されていた。なんか、神々しくて申し訳なくなる。


「あとでまた髪拭いてあげるから、とりあえず食べようよ」

「うん、作ってくれてありがとう」

「作りがい、あるな」

 ご飯と目玉焼きとお味噌汁。シンプルだったけど、目玉焼きは美しく焼けていてちゃんと半熟になってて、お味噌汁もとっても美味しい。わかってることだけど、彼女として申し訳ない……。


「美味しい」

「よかった、半熟、大丈夫?嫌いな人いるでしょ?」

「とっても美味しいよ」

 啓はテーブルの向こうで、にっこり笑った。

「それね、風のために買っといた」

「え?」

「ほら、お箸とか茶碗とかさ。あ、食後に紅茶を入れてあげよう」


 なんとも言えない。そんなに大切にしてもらえるほどの存在じゃない気がする。

 啓が、わたしのために食器を選んでくれたと思うと、すごくうれしくて……うれしいけど、これは半同棲コースではないかと……。


「あのー」

「ん? ご飯まだあるよ?」

「……わたしこんなに泊まりに来てて、迷惑じゃない?」

「……今さら何を。昼でも夜でも毎日でもおいでよ。夜は、襲われないように注意してくれればだけどね」

「食器まで揃えてもらっちゃって」

 啓は何かを考えている。今日の彼はすこぶるご機嫌だけど、考えてるときには注意が必要だ。


「ご飯食べたらさ」

「うん」

「風のパジャマ買おうよ、とりあえず。オレ、買ってあげるから」

「え? 自分で買うから」

「たまにはいいでしょ。プレゼント。バイト代出たしね」

 パジャマ……確かに、服を借りたり、今日みたいなことになるなら、いっそ置いておいてもらった方が……?いいの?


「思ってたんだけどさ、歯ブラシとか置いていけばいいじゃん。……他の男のところにも泊まるなら別だけど」

「なんでそうなるのー? 他に男、とか、ありえないのわかってるくせに……」

 啓はテーブルに手をついて、テーブル越しにわたしの頬にキスをした。

「オレだけの物だからねー」


 仕度をして、ふたりでちょっと離れたショッピングモールまで電車で出かけた。

 海沿いを走る電車の窓から見える風景は、真昼の日光を反射してきらきらしている。わたしたちは穏やかにそれを見ていた。


「混んでるなー」

「けっこう混んでるね」

 巨大なショッピングモールは迷路のように広くて、わたしはいつも迷子になる。啓は来たことがなくて、ふたりでマップ片手にお店を探す。

「無印とか。風、着てるの無印多くない?」

「わかるの?」

「常にタグを……嘘だよ。シンプルで天然素材のシャツとかセーター、すきでしょ?」

 なんでもよく知っていて、悔しい。


「迷ってるの?」

「うん。このチェックのにしようと思うんだけど、青地に赤い線の入ってる方か、赤地に青い線の入ってる方か、どっちがいいかなーと思って」

「オレ、青。風は赤にしなよ。お揃い、いいよね」

 わたしはパジャマを手にしたまま、固まってしまった。


「もう少し食器買い足す? おおー、ランチプレートとか良くない?」

「……」

「ん? 買い物、楽しくない?」

「そういうわけじゃないけど。ずるずる半同棲みたいになっちゃって、いいのかな?」

啓は持っていたランチプレートを、売り場にもどした。

「ダメなの?……もし働いてたらプロポーズするけど、ごめん、まだ無理だなぁ」

 啓は冗談を言った。


「んー、わからなくもないけど。ダメなのかな? オレは楽しいけど。ふたりきりの時間が多い方がいいけどな」

 答えないわたしを見て、啓はわたしの頭を撫でた。

「風は真面目だな。よし! 約束だからパジャマ買おうね。あ、お揃いは許してね」

 お揃いのパジャマを持って、彼はレジに向かっていった。


突然、なぜか彼のストライプのシャツを着た背中が、とても素敵に見えた。わたしはあの背中をよく知っている……。告白されるまで、どうして自分が啓に惹かれなかったのかなぁ、なんて、今となってはどうしようもないことを考えていた。


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