第31話 一緒に帰ろう

 お揃いのパジャマを買う、というとんでもなく恥ずかしい思いをして、凹んでいたわたしに彼は、

「甘いものでも食べない?」

 と誘ってきた。……ご機嫌取りとわかっていても、乗らないわけにはいかない。

「ん、じゃあどこにしよっかー」

 と彼も乗り気で、マップを広げている。

「おおー! 甘い物のビュッフェある! チャレンジしとくかー!チョコレートファウンテンだってよ?」

 と盛り上がる彼に申し訳なく思いつつ、

「あのね」

「なに、どした?」

「行ってみたいお店、あるんだけど……」

「どこかなー? マップで教えてね」

 わたしたちはモールのベンチに座って、マップを広げた。

「えーと。あのお店の近くだから……」

 指をさすと、彼は笑顔で、

「行こう」

 と言ってくれた。ついでに甘えて、するりと腕を組んでみる。彼は一瞬、「ん?」とした顔をしたけれど、そのあとこちらを見て笑ってくれた。

 エレベーターを三階で下りると、

「……そういうの、うれしいよね」

 と照れた顔で言った。


 わたしの憧れていたお店はまたしてもすでに人が並んでいて、絶望的な気持ちになる。

「他に行こうか……?」

 とわたしが言うと、彼は屈んでわたしの顔を覗き込み、

「並ぼう。風は憧れてたんでしょ?」

 と言ってくれて、わたしの頬を赤くさせた。

「憧れてた……っていうか。そこのエスカレーター使うと、いつも見えるから。素敵なお店だなぁって」

「いいじゃん、並んじゃえ、一緒に来られて光栄だなぁ」

 と強引に手を引かれ、列の最後尾についた。

「へー、ここ、外観はステキで女の子向けな感じなのに、ケーキ、デカいな」

「うん、それもちょっと入りづらかった理由なの。わたし、食べるの遅いし……」

 彼の方が断然、背が高いのでどうしても啓は屈む姿勢になり、わたしの目を見た。

「オレなら遠慮いらないしね」

 と言った。腕を組んだまま、列に並ぶ。手を繋いだ時より体が密着して、なんだかドキドキしてしまう。いつも、もっと近くにいることが多いのにそれが不思議だった。

「あのさー」

「うん」

「……腕、組んでくれてうれしいんだけど、なんか、密着するよね?」

「ダメだった?」

「いや、ダメじゃないんだけどね……」

 黙ってまた下を向いている。

「むしろ、男としてはうれしいんだけど、……胸とかあたるよね?」

 あー。そこなのか。

 啓は恥ずかしさを隠すように上を向いてしまった。わたしはするりと腕を外した。

「ちょ、待った! さっきのなし! せっかくデートなんだから、いいじゃん」

「イヤなのかと思って」

「イヤじゃないよ、うれしいって言ったじゃん?」

 わたしは彼ににっこり笑った。少しはいつものお返しに、と。わたしばかりがドキドキするのはズルい。

「だいすき」

 また、わたしから腕を組んで、目線を上げて彼を見た。わたしのせいで真っ赤になった彼を見るのもなかなかいいな。


 見たまんま、ケーキはすごくこってりで、紅茶のお代わりが欲しいと思った。啓はアイスコーヒーを飲んでいる。

「んー、ここもなかなか重いな。……風、食べきれないんじゃないの?」

「うん、そうかも……」

 彼のフォークが向こうからやって来て、わたしのケーキも食べてしまう。

「これもなかなか。ビュッフェにしなくてよかったな」

「……来てみないとわからないよね?」

 顎の下で指を組んで、テーブルに肘をついた彼は、

「そうそう、わかってきたじゃん、風も」

 と微笑んだ。


「ねぇ、あのお店に行こうよ」

「え? 啓、服見るの?」

「まぁ、いいじゃん」

 つかつかとそっちに向かって歩いていく。

 今日の啓は、ブルーのストライプのシャツの下に黒のTシャツ、ボトムは八分丈のデニム。腕にはしっかりとしたスポーツウォッチをつけている。何気におしゃれだ。

「これとこれ、かなー。どう?」

「それ、女物だよ?」

「もちろん、風のだよー。昨日、泊まってそのままじゃない?」

「ごめん」

 女子力、ダダ下がり。

「たまにはこういうのもいいじゃん。これもうちに置いていきなよ。お、オレのと似たデニム発見! しかもウォッシュだ。これならTシャツもいいけど、可愛い感じのブラウスとかも合うんじゃない?」

「啓、センスいいよね?」

「そう? あんまり考えたことないな。試着してみなよ。やっぱデニムパンツいいね、安心感あって!」

 やっぱりそこにこだわるんだ……。


「いいよ、それくらい持ってるし」

「良くないよ、見立ててあげたのオレでしょう? それを買ってあげるのもロマンだ」

「もう、ロマンはお金と関係ないでしょ? せっかくバイトもがんばってるのに……」

 啓はわたしを見下ろした姿勢のまま、つぶやいた。

「買い物したら、早く帰ろ」

 そしてさっさと会計に行ってしまった。


 カバンを手に持って、壁にもたれて彼を待つ。悪いことしちゃったなって思う。自分で買うつもりだったから、趣味に走って思い切った値段のものも買っちゃったし……。その度に彼は「いいね」って言ってくれたけど。


「お待たせ! さぁ、帰るぞー」

 変に張り切った啓は、足取りも軽く駅へと歩き出した。

 ちょうど時間帯が帰宅ラッシュと重なって、電車は混雑していた。揺れる度に、しがみつくことになってしまって、彼は微笑んで体を支えてくれた。

「帰ったら、ファッションショーだね。……一緒に同じところに帰るっていいよね」

 と小さな声で、彼は言った。

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