第29話 他の子にやさしくしないで

 酔っ払った啓を連れて校舎を出ると、入口を出たところですぐに唇を塞がれた。

「ん……」

 わたしは焦って少し抵抗してみたけど、いわゆる壁ドン状態で、背の高い啓をどうすることもできない。仕方がなく、されるままになる。……誰にも見られませんように。


「風を」

「うん?」

「……しまっておきたい」

 また訳のわからない……うれしいけど。

「うん、ありがとう。でもとにかく、帰ろう? 一緒に行くから、ね?」

 一度のキスで少し落ち着いたのか、大人しく歩いてくれる。ヤキモチ、激しいなぁ。

 一緒にいる時間がほとんどになって、啓の喜怒哀楽の激しさに驚いたり、喜んだり……もっと、すきになったり。忙しい。


「風、コンビニ寄って」

「はいはい」

 とりあえず冷たい飲み物を買わないと。あと、何かなー?

「……なんでまたお酒買ってるの?」

「飲み直さない?」

「飲みすぎでしょ」

 じっと目を見つめられる。視線が甘い。

「風と、ふたりきりで飲んだ方が楽しいし。誰にも酔った風は見せない」

 いやいやいや、ここでキスしないから。

「泊まっていきなさい」

「啓が言うこと聞いてくれるなら、ね」

「聞くよ、なんでも」

 仕方がない。お泊まりセット、持ってきててよかった。


「着いたよ、鍵ある?」

 啓はカバンのポケットをごそごそ探して、鍵を渡してきた。はじめて、わたしが鍵を開ける。ちょっとドキドキする。

「同棲してるみたいだよね?いっそ、そうしない?」

 ……したくないわけじゃないから、そういうこと言われると困る。


「さあ、早く入って、風を酔わせてかわいいとこ、見よっと」

 今度はさっさと自分だけ部屋に入ってしまう。わたしは後ろ手にドアを閉めて、カチャン、と鍵をかけた。しまわれた、みたい。


 部屋に入るとまたまたお菓子の袋とカップラーメンの容器がテーブルにあって、袋に入れて片付ける。その間、啓は嬉々としてテーブルにおつまみとお酒を並べる。

「飲む? シャワー浴びてくる?」

「え?」

「ビール飲む?」

 と言いながら、すでに飲んでいる。まぁ、いいか。明日は学校も休みだし、すきなだけ飲んでもらっても。


「ここ、座って」

 啓は自分の隣をパンパンする。酔っ払いは面倒なので、とりあえずそこに座る。

「飲む?」

 ……どうしても飲ませたいのか? 仕方なく、缶を開けて、そのまま口をつける。苦い。

 啓はその間、ぼーっとわたしの飲んでる姿を眺めていた。

「けっこう飲むね」

「だって飲めって言ったじゃない」

「……グラスなしもいいね」

「何が?」

「色っぽくて」

 話にならない。一度テーブルに戻した缶をまた持ち上げて、一息に残りを飲んでしまう。


 啓はまたじーっと見ている。

「隣にいるっていいね」

「いつでもいるじゃない。可能な限り」

 今度は下を向いて、黙っている。

「いつでもじゃないよ」

「いつでもだよ?」

「こっちに来てよ」

「こんなに近くにいるじゃない」

 からみ酒ってやつなのかなぁ……?いつも以上に厄介。


「もっとこっち」

 結局、いつもこうなる。抱きしめられて、キスされて、どうなってもいいかなって。

「ビールくさいな」

「啓のせいじゃない!」

「あー、オレ、どーしようもないなぁ」

 目と目が合う。そそそ、と肩にもたれてみる。啓がわたしを腕の中にしまう。わたしは自分のスイッチを、勝手に甘えモードに切り替えてしまう。


「他の女の子にやさしくしたら嫌だよ」

小さな声で言って、啓の胸に手のひらをあてる。鼓動を確かめるように。

「え? してないよ?」

「……してたもん。他の子に、笑顔でやさしくしてたもん」

「……新歓のこと? それは、みんなを楽しませるためにやったことでー」


「理由なんて関係ない。ヤキモチ、やきたくない。いつもわたしには言うくせに……啓のバカッ」

 涙なんか出ちゃって、わたしも相当、お酒が入ってるみたいだ。なんでか、泣いている。声に出して泣いてしまう。

「ごめん、そんなつもりなかったけどごめんよ。泣くなよー」

「ひ、ひとりでずっと、後ろから、女の子にやさしくしてる啓のこと見てるなんて、たまらない!」

「もうしない。絶対しない。なんで泣いちゃうの?泣かせちゃったらダメじゃん、オレ」


「啓の、せいだもん……」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、上目遣いで啓を見る。啓は困った顔でもじもじしていたけど、何かを決めたように言った。

「浮気とか、絶対しないし。風だけって、いうか、風しか見えてないし……それじゃ、ダメ?」

「……わたし、啓のこと、満足させてあげられないし……いつか捨てられちゃうもん」

「バカだなぁ」

 ふっと彼は笑った。


「気にしてるの? なんなら無理やり襲おうか?」

 言ってることはめちゃくちゃなのに、顔にはわたしのすきな、穏やかでやさしい微笑みを浮かべていた。

「襲われてみたいよ……」

「決めてるって何度も言ってるでしょ? 大切にするって」

 甘い、甘い口づけ。天国にも届きそうなほど、気持ちが高ぶって仕方なくなる。それはわたしの中でふわぁっと広がる。なのに、どうして肝心なとこで……。


「何も考えないで。ヤキモチやかせた分も、やさしくするから」

 溶けて、啓とひとつになれたらいいのに。彼のキスで、何もかも溶けて形がなくなっちゃえばいいのに……。

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