第28話 オレの彼女

 新歓は週末に行われた。


 新歓と言うのは、「新入生歓迎会」の略で、要するに集まって飲む。わたしは飲めないけど。今日は許可を取って、広めの教室で飲むことになった。

 まだ未成年の子ばかりだから、お菓子とソフトドリンクがメイン。

 こんなとき啓と堺くんは、表に立って仕切ってくれる。……啓って、目立つんだよね、実際。いつもみんなに気をつかって、楽しく飲めるように裏方をやってくれる。


 よく気がつく人だなぁって、つき合う前は思っていたけど……なんかイヤだなぁ。啓が新入生の女の子に笑いかけて飲み物注いであげたりしてるの。あ、楽しそうに笑ってるし。わたしの方を振り向きもしない。


「小鳥遊さーん、飲んでる?」

「え、まだかな」

 堺くんが気を利かせて回ってきてくれる。ちーちゃんはコップ片手にあちこちで話してる。

 堺くんは人の良さそうな顔で笑った。この人を疑うなんて……。自分こそ女の子と楽しくしてるくせに。


「啓にうるさく言われてるんだけど、これ、度数3%、大丈夫だと思うよ」

 それは、この前、​啓のうちで飲んだお酒だった。

「ありがとう。これ、飲んだことあるからいただくね」

「同じので味が違うのもあるよ。えーとね、リンゴとか、カルピスみたいなのとか」

「気をつかってくれてありがとう。これが好きかも」


 堺くんはわたしの隣の席に腰を下ろした。

「啓、うるさくない? あいつ意外と気分にムラがあるからなー」

「あー、そういうとこ、あるかも」

 あはは、としか笑えない。

「しかもさー、のろけまくるし。で、いいなって言うとさ、『触るなよ、声もかけるな』とかさ。どんな独占欲だっつーの」

「……なんか、ごめんなさい」

「や、小鳥遊さんが悪いわけじゃないし。小鳥遊さん、かわいいから啓も気が気じゃないよなぁ、実際。カノジョになってもさ」

 それじゃね、と言って、堺くんは向こうに行ってしまった。


 仕方がないので隅の方でちびちび飲んでいた。今日は新入生が主役だし、ね。ちーちゃんが巡回してくる。

「飲んでるかー? あれ、もうないじゃん、持ってきてあげる」

 ダダダッと止める間もなく堺くんのところに行ってしまった。ちーちゃんのコミュニケーション能力は高すぎる。


 気がつくと。啓がそーっと隣にやって来た。机の上にぐたーっとして、また何か言いたげな目をしている。

「何やってるの……?」

「ちーちゃん! ちーちゃんを待ってて……」

「ほう、深見さんを待って、飲んでいる、と」

 あー、また面倒なことになってきた。

「人前で飲んじゃダメ」

「え !?」

「この前、言ったでしょ。飲んでると女の子はかわいく見えるって。……悪い虫がつく」

 ああ、完全に酔ってる……。目が座ってるし。

「しかも! スカート履いてきちゃダメ。禁止。酔っ払いだらけのところにそんなカッコで来るなよー」

 べろべろとは、このことだろう。そんなにすごく酔ってるの、見たことないけどなぁ。


「あれ? なんだ、啓、つぶれてんの? 珍しいね」

「そうなの、そんなに飲んだのかなー?」

「飲んでないよ。……堺、風に触ったらタダじゃおかないからな」

「あー、はいはい。……小鳥遊さん、啓、お持ち帰りしちゃって」

「え !?」

 お持ち帰り……って。

「この前、啓のとこ遊びに行ったんでしょ? 場所知ってるんだよね?」

「あ。うん」

 本当に話して歩いてるんだ……啓のバカ。

「あそこにあるの、こいつの荷物だからさ。任せたよー」

 悪気のない顔で、堺くんは消えて行った。


 仕方がないので連れて帰ることにする。この前と逆だなぁ。

「啓、帰ろ?」

「ん? ……風、うちに来るの? 」

「まぁ、そういうことになるかな?」

「……危ないよ」

 まったく普通じゃなくなってる……。連れて帰れるのか、心配になる。

「キスしてくれたら、帰るよ」

「ええ !? あのね、人前だから後でね」

 いそいそと帰り支度をする。このままここにいると、彼は人前で何を言い出すかわからない。危険すぎる。

「風、荷物持つ。それ、オレの役目」

「はい、お願いします」


 細い通路を、盛り上がってる人たちの間をかき分けて歩く。

「あれ? 小清水先輩?」

 一回生と思わしき女の子が声をかけてくる。耳に、細いチェーンが揺れるタイプのピアスをしてる。リップにはグロスも。

「はい、小清水だけど」

「あ、ごめんね。酔っちゃったみたいで」

 女の子は横目でわたしを見た。まるで、話したいのはわたしじゃない、みたいに。


「わたし、さっき先輩と話したんですけど、覚えてますか? 小清水先輩はカノジョいるんですか?」

 啓が、顔を真っ直ぐあげて彼女を見た。

「オレの彼女はこの子。この子しか好きにならないから、ごめんね」

 ……。じーんと来た、来たけど。周りの人もこっちを見てるし……。


「なんだよ小清水ー。またのろけかよ。みんなの憧れの小鳥遊さん、独占してさ。早く帰れ、お前」

「うるせーな。風に手、出すなよ」

「あ、ごめんねー、啓、酔ってるから。なんか空気悪くしちゃって……お先に帰ります」

「送りオオカミになんなよ、風!」

 酔いに酔ったちーちゃんが追い打ちをかけてきた。わたしは目線でちーちゃんに警告すると、教室を出た。

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