第27話 独占欲

「で、またダメだったの? あちゃー! それ、小清水がくそなんじゃなくてー?」

「ちーちゃん、もう少しボリューム下げて、お願い」


 わたしの声は必然的に小さくなる。

 朝イチの授業なのに、ちーちゃんのテンションは高い。同じ教室に啓がいるんだから、聞かれるわけにいかない。

 ……まだ昨日の今日なのに、ちーちゃんは朝から、

「で、済ませたの?」

 とドストレートに突っ込んで来た。……この前みたいに、啓には聞かれたくない。と言うか、今回は全面的にわたしがダメだったんだし、啓に罪はない。


「女が怖くないように、ムード作ってやるもんじゃないの?これだから、未経験は」

「はじめて同士なら、そういうこともあるんじゃん」

 美夜ちゃんは、いつも通りクールに弁護してくれる。

「焦ることないんじゃないの? 然るべき時が来るって」

「香川センセイ、そこんとこ詳しく教えてよ」


 美夜ちゃんがペラペラと授業のテキストをめくる音が止まった。

「お互いの気持ちが合えばいいんでしょ。ちーだってわかるくせに。その時には我慢できるわよ」

 我慢、するのかぁ。

「まぁね、多少の我慢は必要かもね。 でも少し進展じゃん? お互いの肌の温もりがー! おおー、リア充爆ぜろ」

 ちーちゃん、彼氏持ちじゃん。もっとも遠恋じゃ、会いたいときに会えないもんね……。


 わたしだってこんなに近くにいても、手の届かない日は悲しい。いつも話したいし、いつも触れていたい……触れて……。まずい、顔が赤くなっちゃう。

「風、顔、なに赤くなってんの。やらしーこと思い出しちゃってたらダメだよー」

 ちーちゃんにソッコー指摘されるし。


「でさ、週末の新歓、出る?」

「ああ、あれねー。どうしよっかな? 週末はもしかするとムリかも」

 美夜ちゃんは爪の先を見ながらそう言った。わたしたちは理系なので、実験があるからネイルはできない。それでも美夜ちゃんは、ネイルしなくてもいつも爪をキレイに整えている。女らしいなぁと、うらやましく思う。

「なーに? デートならデートだって言いなよ」

「デート」

「……あー、イヤだ。あっちもこっちもリア充。わたしも誰かいないかなー?」

 苦笑してしまう。こんなこと言っててちーちゃん、離れてる彼に一筋なのに。


 教室の前の方に座っている啓が、こっちを見て手を振った。今日はご機嫌みたいだ。……ちーちゃんの発言は聞かれてないみたいだ。


「風、新歓出るの?」

「んー、美夜ちゃんは来られなくなっちゃったけど、ちーちゃんは来るし。それに、堺くんにも声かけてもらってるしね」

 草の上に直接、座って、ランチ。

 今日はおにぎりを二人分と、大きめの容器におかずを詰めてきた。卵焼きとブロッコリーとミートボール。それから、ミニトマトとレンチンのメンチカツ。どうせ料理の腕はバレてしまったんだから、無理はしない。


 啓は、おにぎりを持ったまま、また何かを考えて黙りこんでいる……。まぁ、慣れてきたけど。


「……堺、誘ってくるの?」

「え !?」

 彼の目が、じとーっとわたしを見ている。それは冤罪だよ。

「違うよー、新歓に誘ってくれたの。変な意味じゃないよ」

「いやいやいや、またオレの知らないところで風に飲ませて酔わせるかもしれないし……」

 この人は親友も疑うのかな?……粘着質、っていうのかも。


「だからね、そういんじゃないって。堺くん、友だちでしょ? いい人じゃない。わたしも啓の彼女だからってやさしくしてもらっただけ。なにも疑わなくたって……」

 啓はまだ黙って見ている。

 大体、誘われたらなんだっていうんだろう? 今みたいなときに、他の人なんか目に入るわけないのに。わたしは啓のことで頭がいっぱいで、いつも右往左往しているのに。


「風」

「ん?」

「オレの前で他の男、ほめないで」

 ……そこなんだ。また不機嫌モードになってしまった。

「そういうほめ方じゃ、ないと思うんだけど。むしろ、啓の友だちだから……」

 思うに、啓はすごくやさしいけど、独占欲が強い。別にそれで困ることは無いし、むしろ、うれしくもあるけど。


 不意に顔を寄せてきて、ドキッとする。

「風は全部オレの物なんだからね」

 耳元でボソボソッと囁いて、お弁当を食べ始めた。キス、されちゃうのかと思った。


 ――全部オレの物、か。


 気持ちにちゃんと応えられなかった自分が情けなくて、涙が出そうになる。固まっていると、啓が顔を下からのぞき込んで来て、

「バカだなぁ、何泣いてるの?」

 と言って、人前なのに肩を軽く抱く。わたしはすっぽり、包まれてしまう。


「ねぇ、ゆっくりでいいんだよ。焦らされるくらいの方が、オレも萌えるしね」

「!」

 本当に、どこまでが本気なのかわからない。……慰めてくれたんだよね?

「……ありがとう」

「どういたしまして。お礼に後でキスしてくれる?お弁当、美味しいよ」

 ミートボール片手に、彼はにこにこしてそう言った。

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