第26話 朱に染まる

「……ごめんね、今日は嫌な思いさせて」

「なんで謝るんだよ」

「だって」

「……さっきの風、すごくかわいかった」

 突然思い出して、恥ずかしくなる。だって、そういうときに自分がそうなるなんて知らなかったし。

「オレ、続き、してみる? 今ならやめてもいいよ。でも続けたら、……もっと苦しくなるかもよ? 」


 どんなふうに啓はわたしを変えるんだろう。さっきみたいに、わたしの知らないわたしに変えてしまうの?

「もっとキスするし、オレはきみの全部を知りたいから、きみの嫌がることもするかもしれない」

「嫌じゃないかもよ?」

「本当に?」

 伏せ目がちに彼は言った。

「これ以上進んだら、今度こそ我慢は終わりだよ。そしたら、……嫌いにならないで」


 わたしはその時まだ子どもで、そうなれば彼をつなぎ止められると思っていた。そして、甘いお酒を飲んだ時のように、すっかり彼に酔っていた。

 ひとつ、頷いた。


「じゃあもう一度、全部オレに預けて……」

「……溺れそう」

「オレも経験ないからわからないけど……、オレは苦しいよ。さっきのキスは始まりだったけど、すごく苦しくて、すごく……」

 だいすきな彼の手のひらがわたしを包む。また瞳を閉じる。息が苦しくなる。息をつぐ。また苦しくなる。苦しくて、苦しくて、でも逃げられなくて、頭の芯が溶けてしまう。

「すきなんだ……全部」


 彼の両頬に手をあてる。キスは気が遠くなるほど長くて、お互いをどれほど欲していたかを思い知らされる。すきって、こんなに苦しいのかと思う……苦しさまで、うれしいのはどうしてだろう?


「おいで」

 ベッドに手を繋いで連れていかれて、その場の勢いでゆっくり倒れ込む。啓の顔が、すぐ隣にあって、わたしはくすりと笑った。彼もそれに笑顔を返してくれる。

「怖くない?」

「啓がいるから」

 わたしはカーディガンを脱いで、傍らに軽く畳んだ。啓はそれを待って、口づけしたままわたしの白いガーゼのブラウスのボタンを、ひとつひとつ丁寧に外していく。はらりと、素肌が見えてしまう。彼はブランケットを掛けてくれて、自分のシャツのボタンを外し、わたしはストッキングとスカートを脱いだ。彼はTシャツを脱いで、わたしの横におそるおそる体を横たえた。


「大丈夫?」

「うん」

 自分の中に声がこだました。


 唇に、頬に、額に、耳元に、彼の唇が触れていく。そこから熱が出て、染まっていくような気がした。首筋を唇でなぞられる。啓が一瞬、躊躇する感じがして……するりとまだ羽織っていたブラウスがはがされて、肩が露わになった。

「やっぱりキレイだよ。全部、オレの物。誰にもあげない」。


 わたしは薄目を開けた。知らないうちに涙がにじんでる。

「啓……」

 彼はすっかりわたしのシャツを脱がしてしまい、下着に手をかけた。不器用な手がもどかしそうに動いて。隠せるものはなくなった。


「離さないよ」

 なぜか涙が出て、どれだけ彼をすきなのか嫌っていうほど思い知らされる。

 彼がわたしの涙に気がついて、それを拭ってキスをくれる。でも彼は止まることはなくて、これが彼の「我慢」だったんだってことを知る。すきすぎて、啓の言う通り、胸が壊れそうに苦しい。

「すきなの」

「わかってるよ」


 結局、わたしはやっぱりダメな女だった。

 最後の最後で怖くなってしまった。


 それでも彼はやさしくて、わたしの横で微笑んで、

「だから怖いよって言ったじゃん。怖いのダメでしょ?」

とやさしく慰めてくれた。

「男なんてこんなもんだよ。嫌いになった?」

「全然ならない。……こんなわたしでも、嫌いにならない?」

 啓は黙ってわたしを見て、

「バカだなぁ。そういうところがかわいいんだよ」

と笑った。

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