第24話 ガールズトーク

「それで、そこまでして何も無かったの !?」


 ちーちゃんの声は遠慮容赦なく、辺り一面に響き渡った。

「ちー、風ちゃんの気持ちも察しなよ。かわいそうに」

「しかし小清水も根性のない男だなぁ」

 ちーちゃんがストローで氷をカラカラかき混ぜた。

「根性の問題?」

 ふたりはわたしの顔をじっと見た。


「まぁ、ねー。風にこんな思いさせるくらいならさ、無理やりでもやっちゃえば早いのに」

 ちーちゃんは過激すぎる。

「ちー、あんた、言葉選びなさいよ。いくら風ちゃんが少しは大人になったからって、あんたの表現はいやらしいし」

 美夜ちゃんが弁護に回ってくれる。


「小清水がしなかったのは、風ちゃんが大事だったからじゃん? 男だって、我慢するのは大変だと思うけどな。しかも小清水、風ちゃんにゾッコンだしね、よく我慢したなーって思うけど。わたしは小清水に一票」

 美夜ちゃんがにっこり笑う。

「……ていうかさ、風ちゃんも意外に大胆だよね」

「大胆 !? ……そ、そうかな」

「進み、早いよね」

「……」


 啓に断って、今日のランチは女子会。またダラダラ話そうということで、ドリンクバーを求めてファミレスに来た。

 本当のところ、ふたりの意見を聞きたかったのだけど。

「あー、いいなぁ、観覧車とか。わたしの人生にはないわ」

「人生短すぎ」

「観覧車、怖いよ?」

「……あんたはどこまでが天然で、どこからが魔性なのよ?」

 ちーちゃんの発言に、美夜ちゃんは声を出して笑っている。

「えー? 天然でも魔性でもないよ。ふつうだよ」


「風ちゃん? なかなか男泣かせだよね?」

「ええ? なんで? だって、……してくれなかったし」

 声が小さくなってしまう。なんか、言う度に情けない。

「……だからさぁ、そんな女の子、襲えないよなぁ。猛獣にはなれないっしょ。哀れ、小清水」

「惚れた弱みじゃない? そういう風ちゃんがすきなんだから、小清水がすきで振り回されてるんでしょうよ」

「あーねー」


 ふたりはすでに山盛りポテトタイムに入っていて、わたしはいつも通り、まだエビドリアを食べている。

「美夜、今度、水族館つれてってー」

「女同士で夜の観覧車? ないわ」

 横を通り過ぎる人が、ふと立ち止まって振り返った。……啓。

「夜の観覧車……」

「よ! 小清水」

「同じとこにいたの気がつかなかった。奇遇だねー」

 ふたりは余裕で啓に挨拶しているし。

 ……聞こえたんだよね、少なくとも「観覧車」は。


 気まずい雰囲気に場は包まれて……。

「あー、同じとこで食べてたのか。オレも気がつかなったよ。深見さんの声は聞こえた気がしたけど、気のせいかと思った」

 啓はドリンクバーのグラスを片手に、完全に落ち込んでいた。

「じゃ、お代は置いていくから、風、よろしくね」

「あんまり泣かせちゃダメだよ」

 ふたりは自分の分の食事代を置いて、店を出ていってしまった。


 啓は戸惑った顔をしながらも、わたしの向かいにすとん、と腰を下ろした。

「びっくりした……」

「偶然だよね……」

 それ以上、何も言葉が出なくて気まずい空気がますます増していく。

「風、まだ食べ終わってないじゃん」

「ん。いつものことだし」

 笑って誤魔化す。啓は顔をまじまじと見ている。


「何か飲む?オレも取りに行くとこだから」

「いいの?……じゃあ、紅茶をもらってもいいかな?」

「いいよ」

 ああ、心臓に悪い。なんか、タイミング悪いよね……。

「種類、よくわからなかったから適当に持ってきちゃったよ?」

「ありがとう」

 お茶にスティックシュガーを入れてかき混ぜる。啓はそれを肘をついて見ている。


「風。この間のこと、怒ってるの?」

「なんのこと?」

 啓は気まずそうに視線をずらした。

「……根性なしで、ごめん」

 !!!

 やっぱりちーちゃんの大きな声が聞こえてたんだ。もうダメ、絶望的。

「聞き耳立ててたわけじゃないんだよ。オレたち、この裏の席で。深見さんの声に似てるなーって思ったけど、オレのことだね?」


 泣きたい。

 女ともだちとのおしゃべりだからって、あの話を聞かれてたら立場ない。

 啓は複雑な顔をしていたけど、限りなくテーブルに近いところまで頭が下がってしまっていた。


「オレ、間違ってないと思ってるよ」

「うん……」

「でも、傷つけた?」

 わたしは紅茶のカップを持ったまま、動けなくなった。

「上手く言えないの」

「傷つけたんだね?」

 沈黙が重い。お店の中が騒がしい分、余計に黙っている時間が長く感じる。


「で、深見さん的には『やっちゃえば』よかったわけだ」

 聞こえてたんじゃん。ちーちゃんの、バカ。

 コーラの入ったグラスの氷が音を立てて揺れる。

「女の子って、わかんないなー」


「啓、出るぞ。……あ、小鳥遊さんがいたんだ? 立て替えとくからゆっくりどうぞ。小鳥遊さん、今度の新歓、来てね。じゃね」

「堺くんたちと一緒だったんだね」

「風がいなかったから、一緒に食おうって言ったらハブられそうになった」


 沈黙。

「もう一杯、お茶、持ってきてあげようか?」

「ううん。もうお腹いっぱいだから」

「風はさ、食べるのゆっくりでしょ。食後のお茶はゆっくり飲みたいんじゃない?」

「そう思ってたの?」

「知ってるよ、それくらい」

 そっか、知ってていつも、合わせてくれてたのかぁ。なんかわたし、最悪だ。啓はやさしいのに、これ以上、何を望むんだろう。


「あのさぁ、こんなとこで言うのもなんだけど」

「うん」

「……オレは、いつだって風を抱きたいよ」


 望んでた言葉を言われたのに、言葉に詰まる。……わたし、その言葉を聞きたかったのかもしれない。

「まぁ、経験はないけどさ、風がそうしたいんならさ、望みに応えたいっていうか」

「そんなに深く考えないで。……わたしも経験ないし。そんなことで啓をこれ以上、困らせるわけにはいかないし」

「……何事も経験かー。行こうか?」


 手を繋いで、信号を待つ。

 啓はずっと上の空で、考え事をしてるみたいだった。


「うち、来る?」

「え、今?」

「次、休講でしょう?」

 そうなんだ。休講になったから、ちーちゃんたちとゆっくりご飯してたんだ。

 この前あんなことがあって、それで行ってしまっていいのか、判断に迷う。

「おいでよ。オレもバイトないし」

「あ、うん、それなら」


 ぽつり、ぽつりと話しながら俯きがちにゆっくり歩く。啓もまだボーッとしていて、相槌も適当になっている。

 ふたりで前と同じくコンビニに寄って、飲み物とお菓子を買う。


「……実はさ、風のためにカップ買ったから、紅茶、飲めるよ。すきだよね、オレンジジュースより」

「どうしてわかったの?」

「一緒にいればわかるだろ」

 啓は苦笑した。それから、

「シャンプーとかボディソープ、買う?」

「……。必要になったら、また貸してくれる?」

「いいよ」

 なんだか調子が狂う。考えてみたらいつでも啓がわたしを引っ張ってくれて。おんぶにだっこだったんだなぁ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る