第17話 会えればどこでも
駅から水族館まではけっこう歩く。
くだらない話をしながら歩いていると、ガラス張りのドーム型の屋根が見えてくる。水族館の入口だ。その入口から入ると、エレベーターを下っていよいよ、魚たちの水槽が現れる。
「真っ暗な中に入っていくときってドキドキするよね、映画館とか、サーカスとかさ」
小清水くんはご機嫌で、楽しみで仕方がないといった感じ。不機嫌よりはずっといい。
「デート」という括りなしで、純粋に水族館に来たかったみたい。こういうとこ、見てると、「男の子だな」と思う。
同い年の男の子は、つまり小清水くんだけども、常に緊張して気を張り詰めてなければいけないということもなく、年上のひとよりリラックスできる。
前にここに来たときは……。思い出す必要もないか、今は。
「うおー! 見て、水槽見えてきた」
「うん、下りるとすぐ水槽あるよ」
「あ、何がいるかナイショにして」
わたしは苦笑した。彼は無邪気なひとだ。自分の感情に対して真っ直ぐで、そういうの、いいなと思う。機嫌の悪いときは困っちゃうけど。
「サメ!」
最初の水槽はサメ。サメが水槽の中を、体をくねらせて泳いでいる。サメは軟骨魚なので、見た目からして他の一般的な魚とは全然違う。
シュモクザメ、いわゆるハンマーシャークが横に目を飛び出した奇妙な顔で、こちらに迫ってくる。
「うおー!シュモクザメだね! カッコイイな」
「サメ、カッコイイ?」
「うん、萌えるね」
そうかー、魚がそんなにすきなのか。……さっきまであんなこと言ってたのに、わたしのことなんかもう、目に入っていないのだから。
おしゃれしてきても、いいことないなー。
「ほら、
すっかり気の抜けたわたしの手を引っ張って、水槽の間近に連れて行く。
「でもね、ここは最初の水槽で、この先たくさんの水槽があるんだよ?」
「……そうだよね?」
「そうだよ、見切れなくなっちゃうよ」
「次に行こうか」
まったく気まぐれな彼は、さっきまで夢中だったサメとはさよならして、さっさと次の水槽に移る。
その後は次から次へと世界中の魚が地域ごとに分けられて展示されている。色とりどりの熱帯魚がたくさん見られたり、わたしのすきな水槽だ。
「お、ナポレオンフィッシュがいる」
ナポレオンフィッシュは和名「メガネモチノウオ」。西洋の人はナポレオンの帽子をかぶった姿を想像したのかもしれないけど、日本人はメガネを想像したみたい。
「大きいなー。なんか、青いけどすごい色だと思わない?」
「黄色いところもあるから、不思議な色だよね」
「風もそう思うよね?」
「うん」
とにかく彼は何を見ても大興奮で、今日はたまたま人が少なかったから良かったものの、水槽にべったりくっついて、なかなか離れない。魚の説明プレートを読んでは、全種類を見ないと気が済まない感じだ。
「グソクムシ、発見!」
深海コーナーに来ても、その勢いは止まらず。
「これね、ダンゴムシの仲間なんだよ、知ってる?」
「ダンゴムシ……って、あの公園とかにいるころんとしたダンゴムシ?」
「そうだよ。でかいよね。食べられるらしいよ」
ダンゴムシを食べる……ちょっと想像出来なくて引いてしまう。だって、深海の生物らしく、ふやけたみたいに白っぽい色をしてるし。何より大きい。
テレビで観る深海のクラゲとか、ウミユリとかキレイだなと思うけど、ダンゴムシかー。
男の子はダンゴムシ、すきらしいしな。わからない。
ぐるっと回ると、円筒型の大きな水槽がようやく見えた。小清水くんが楽しみにしてた水槽。なぜかわたしもにこにこしてしまう。
「おおおー! マグロ!」
写メってるカップルもいる。とても大きな筒の中を、マグロがぐるぐると回遊してるのだ。大きなマグロはすごいスケール感で、海の広さを思い知らされる。ウロコが照明で、きらきら光を反射している。
「こっちからよく見えるよ」
彼は食い入るようにマグロを見ている。そしてわたしはそんな小清水くんを見ている。でも、彼の目にわたしは入っていないみたいだ。
「風、疲れたんじゃない?」
「え?」
「口数少ないし、すごく外、歩いたでしょう?」
「うん、疲れたかも」
「無理することないよ。休もう」
……わたしのことを気にかけてくれないなんて思ったのは勘違いだったみたいで恥ずかしくなる。
手近な空いているベンチにふたりで座った。
「魚、たくさん見たね」
「うん、思ってたよりすごかったよー。来てよかった」
彼が喜んでいる顔を見ると、わたしも来てよかったなって気になる。現金だな、わたしも。魚よりわたしを見てほしいとか、どうかしてる。
「オレの来たかったところに連れてきちゃってごめんね」
「ううん、いいよ」
「来たことがあるんじゃ、つまらないよね?都内にも新しい水族館はたくさんあるから、そっちの方がいいかなって迷ったんだけどさ……」
「?」
小清水くんがちらっとこっちを見た。
「あんまり帰りが遅くなるといけないし、ね」
ふたりして、沈黙。
この前のことを思い出すとまだ照れくさい。
「……今日はね、遅くなるかもって言ってきたから大丈夫だよ」
「あ、うん」
またまた沈黙。
彼の肩の上に、こつんと頭をのせる。
彼は手を握ってくれるけど、ふたりともなにも言葉にしない。結局、会えればどこでもいいんだから、わたしは。
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