第16話 初めてのデート
「週末に遊びに行こう」という約束が履行される日が来た。いわゆる、「デート」だ。
何がいつもと違うのかと言うと、特別なところが違う。……特別だと思うから着ていく服が決まらなかったり、こんな日のためにと思っていた髪止めがなくなってたり。
『明日は9時に君の駅に迎えに行くよ。改札入ったところでいいかな?』
『それで大丈夫。スカートで平気なとこかな? カジュアルな感じでいい?』
『風がスカートはいてるの、すきだよ』
……そんなこと聞いてないじゃん。
大体、行くところはサプライズって言うから。
バックはリュックとか肩掛けのほうがいいのか、それとも手に提げる形のかわいいので大丈夫なのか。そもそもフォーマルじゃなくていいのか……。迷ってばっかり。
迷いに迷って、ちょっとシックな紺色のピンタックが入った薄手のワンピースに決めた。学校に着ていくことはないし、おしゃれだと思うんだけど、わたしがこの色を着るのはちょっと意外に思うかもしれない。こっちも負けずにサプライズしなくちゃ。
ワンピース一枚では寒いと困るので、薄手の白いカーディガンを羽織る。
バッグは薄いピンクベージュのハンドバッグ。でも肩紐があって、ツーウェイでショルダーにもなる。
歩くといけないので、これも迷ったけど、黒のバレエシューズにした。ヒールがないから、そんなに疲れないと思う。
明日の天気予報は晴れ。
どこに連れて行ってくれるのかな?
「おはよう……」
小清水くんは改札前に約束通り来ていたけど、固まってしまった。
彼はギンガムチェックのシャツ、しかも紺色(お揃い)のを着て、くるぶし丈のベージュのチノパンに、スニーカー。上着はいつも通り、アイボリーのパーカーだった。いつもより、おしゃれ。
「あんまりかわいいカッコ、しないでよ」
「どうして?」
また黙ってしまう。目はあっちの方を向いて、手を引いてホームに向かって歩き出す。
「わたし、変な格好だったかな? まずい?」
「……」
電車に乗っても、まだ口も開かず怒っている。何かをにらみつけるように、ドアにもたれて窓の外を腕組みして見ている。
週末の上り電車は混んでいて、わたしたちはドアのそばに立っていた。大きな駅で停車すると、わっと人がまた乗ってきて、奥に押されてしまう。小清水くんがわたしを庇う。
「ねぇ、まだ怒ってるの?」
「……別に怒ってるわけじゃないよ」
「じゃあ、どうして黙ってるの?」
「……」
わたしも足元に目を落とす。
小清水くんの、いつもと違うスニーカーが目に入る。
「風はもっと、自分がかわいいんだってこと、気にした方がいいよ」
「何それ?」
突然、そんなことを言われても、返事に困る。
「だから。風はかわいいから、そんなにおしゃれしてたら他の男に見られるのイヤでしょう、オレとしては」
「……わかんないな、その理屈は」
せっかくおしゃれしてきたのにな、と思うとなんだか素直にはなれない。どうせなら真っ直ぐほめてほしいのに、小清水くんはいつも、おかしなところで変化球だ。
なんだか悔しくて、わたしも口をきかないことにした。
「悪かったよ。すごく似合ってるって先に言えばよかったのはわかってるんだけどさ、その格好の風を、他の男に見せたくないなぁと思ったらさ……」
「思ったら?」
「なんか、たまらなくなった。ごめん。すごくかわいい」
そっと抱きすくめられる。彼の顔はまだそっぽを向いてるけど。ずるいなぁ、なんだかんだ、彼は意外と気分屋なんだから。
「ほんとにごめんね。意地悪だった」
そんなに優しい目をしたってダメなんだから、と言いたいところだけど、そんな小さなことで(?)、すぐに怒ってしまう彼がちょっとかわいく見えた。
電車を下りるとそこは開けた公園で、わたしも何度か来たことがある水族館だった。
「マグロ!」
館内に入る前から、彼のテンションは高い。さっきまでの不機嫌はどこに行ったのか?
「風、ここでよかった? 来たことあるんじゃない?」
「うん、何度か。でもここの水族館、すきなの。ペンギンもいるし、ヒトデも触れるし」
「ヒトデ!?」
「うん、触れるよー。固い、かな?」
小清水くんはうーんと、渋い顔をした。
「そのスカートさ、薄いけど透けないの?」
「え?」
またしても突然の質問に驚く。……そんなに気になるものなのかな?
「裏地があるから透けないよ」
「ほんとに?」
「……見てみればいいんじゃないかな?」
彼は本当にかなり後ろまで下がって、透けるか透けないか、難しい顔で見ていた。いっそ、透けていた方が話が早かったかもと思うくらい。
「うーん」
「透けないでしょう?」
「透けない」
内心、ホッとする。
「でも、学校には着てこないでよ。まだオレたちがつき合ってるの知らないやつもいるしね」
「着て行くつもりはないよ」
「風は倍率高いんだよ」
……。それが本当かどうかはわからないけど、彼がわたしの服装ひとつで右往左往する理由はわかったような気がした。
「でも、その色、風の肌の白さに似合ってるよ」
「ありがとう。でも当分着ないよ」
「なんで?」
彼が大きな声を出して振り向いた。近くにいた親子連れのお母さんが、びっくりしてこちらを見た。
「また怒らせたらイヤだし」
「怒らない」
「絶対、怒る」
「ふたりきりのときならいいじゃん」
わたしは立ち止まって彼を見上げた。
「今だってふたりきりだよ」
「周りに人が……」
「啓のために来てきたんだよ。啓だけのために、喜んで欲しくて」
彼はぽかんとしていた。
「風、意外と強いよね」
「そんなことない。啓が気難しいんでしょう?」
「……そうかな? そんなこと言われたことないけど」
公衆の面前で、わたしは彼の耳元に口づけをして、さっと彼と腕を組んだ。彼は、わたしの唇が触れたところに手を当てている。
「啓だけのものだよ、今日のわたし。気が済んだでしょう?」
「……」
顔を見上げると。ぽーっとしている。
「風って大胆だよね…」
「わからず屋さんがいるからね」
そしてわたしの耳元でそっと囁いた。
「後で、キスしてもいいかな?」
「……バカ」
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