第13話 今すぐ、会いたい

 バイトが終わってスマホのランプが点灯していたので、通知を確認する。小清水くんから、珍しくLINEが入っていた。


『さっきはごめん、変なこと言った。困らせてたらごめん。気にしないで』

 気にしないで……と言われても、あの時の彼の眼差しが忘れられない。まるで、大人の男の人のような目をしていたから。


 小清水くんのLINEは既読になってるはず。わたしも返事を書かなくちゃいけない。でもいい答えが思いつかない。

 帰り道の途中のコンビニで、雑誌コーナーの前に立って、スマホ片手にずっと答えを探した。何を打てばいい……? 彼は返事を今も画面を見つめて待ってるのかもしれない。


『さっき言われたことの意味はよくわからなかったけど』1回送信する。

『うん』返事はすぐに来た。やっぱり、待ってたんだ……。

『でも、啓太くんのこと、よく知って、好きになったの。そのせいでわたし、困らせてるのかな?』送信。


 今度は彼が沈黙する番だった。

 わたしの頭の中も混乱してくる。何がいけなかった? わたしは彼を好きになった。意識し始めてから好きになるまで、すごく急だったけど……でも、好きになってしまったんだもの。ダメなのかな?


『大好きだよ。勝手に困ってるのはオレの方。好きになってくれてすごくうれしい』


『ただ、ずっと片想いだったから、両想いになるともっと苦しくなるなんて思ってなかったんだよ』


 ……そのとき、思いついたのはひとつだった。

『今すぐ、会いたいです』


 ためらわず送信してしまう。それから、軽い後悔を覚えた。

 こんな時間に会いたいだなんて、我ながら良識の範囲を超えてる……。でも、やっぱり彼の目を見て話がしたいんだよ。彼の声を聞きたい。


 駅から帰宅する人波をひとり遡って、コンビニを出て駅に向かう。

 なんでこんなに行動力、上がってるんだろう? でも、伝わらない気持ちがもどかしい。こんなことで終わってしまったらどうしよう?

 ホームで電車を待っている間も妙にイライラする。落ち着かない。たった二駅。わたしと彼は物理的にはたった二駅しか離れていない。ちょっとがんばれば歩ける距離。

 ……心の距離は? 心は、ちゃんと繋がってる?


 スマホが震えて、カバンから取り出す。小清水くんからのメッセージが何件か入っていた。

『オレが行くから待ってて』

『既読つかないけど、どこにいるの?』

『今はどこ?』

 ああ、心配してくれてるんだ。なぜか安心する。そしてまた画面に向かう。


『電車に乗っています。もうすぐ着きます』

 すぐに既読がついて、返事が来た。

『オレも君の駅に着くよ。どうしよう? そっちで待ってられる?』

 少し、考える。せっかくふたりとも会いたいという気持ちが重なったのだから……。

『間の駅で会わない?』

『了解』


 怒ってるだろうか? めちゃくちゃ叱られたりしたらどうしよう? でも、これで会える。約束できたから。

 わたしの方が先に着いたみたいだったので、改札前で待っていた。帰宅する人波は少しまばらになり、夜もすっかり更けたという感じだ。

 向こう側の階段から、下り列車を降りた人たちがぞろぞろと現れる。人混みの中にきっといるはずの人を、目で探す。見つかるはず。だって、特別なひとだから。


「なんで君はそんなにバカなのかな?」

 ……やっぱり怒っている。呆れた顔とは裏腹に、息を切らして額に汗を浮かべて。まだそんなに暑い季節でもないのに。

「すごく好きな人ができたら、誰でもバカになっちゃうんじゃないかな?」

「……」

 彼の目が大きく見開かれて、それから口に手を当てて目を背けた。

 わたしはわたしのしたいことをしよう。どうせ、夜更けの電車に乗ってしまったことだし。この気持ちは不可逆だ。


「……!」

 小清水くんの体はやっぱり少し温かくて、汗をかいたシャツはしっとりしていた。一体どれだけわたしを探したのかな?

「……小鳥遊さんからそういうこと、すると思わなかったから」

「するよ。したいときに」

「人前だし」

「人前でもっとイチャイチャしてる人はたくさんいるよ」

「そっか……」

 彼は観念して、彼に抱きついたわたしの体にそっと、手を回した。彼の心拍数。この速さは今はわたしのものだ。


 わたしたちは手を繋いで、改札を通って、駅の入口の人目のつかないところにそっと滑り込んだ。どちらも黙っていたけど、言葉がなくても何かがちゃんと伝わってるように思えて、もうその沈黙で不安になったりしなかった。

 そして、どちらからともなく自然に、わたしたちは唇を重ねた。その時間はわずか0コンマ何秒だったのかもしれない。でもわたしには、離れてしまったように思えた時間を取り戻すための、長い、長い時間だった。


「ごめん」

 彼は斜め下を向いて、なぜか謝った。


「女の子とつき合うの、初めてだし……。自分は肉食だと思わなかった……。なんか恥ずかしいな」

「謝らないで。わたしもしたいと思ったし、いっぱいキスしても、好きな気持ちは減らないと思うよ、きっと」

 わたしに告白してきたときの彼は、気圧されるくらいあんなに堂々としてたのに、今は真っ赤な顔をしてうつむいて、目も合わせない。繋がれたままの手は急に離されて、わたしはまた戸惑う。


「じゃあ、もう一度」

 と、小清水くんがわたしを見て囁いた。

 女の子だって、キスしたくなるときがある。だから、それを察して、今みたいにさっと唇を攫ってほしい。


 彼の指先が頬から耳の後ろを通って、わたしの頭を抱える。大きな手のひらですっぽり支えられて逃げようもなくなる。だからわたしは瞳を閉じる。この後起きることを想像して、想像を上回る甘美な口づけをするために。

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