第12話 好きすぎてツラい

 小清水くんとは午後は同じ講義を取っていなかったので、ランチの後、会えないままバイトに行かなければならなかった。


 午後の講義はちーちゃんと美夜ちゃんも一緒だったけど、何か、違うと思ってしまう。ふたりには悪いけど、テンションがしゅんとなる。

「これはダメですなー。完全に病気ですよ」

「ま、仕方ないんじゃないの? 風ちゃんはあんまり経験もないし、も経験豊富ってわけじゃなさそうだし、舞い上がるよね、しばらくは」

 そっかー、しばらくなのか。

 じゃあ、その「しばらく」が終わったら、こんなにドキドキしなくなるのかな?慣れちゃうってことなのかな?


 わからない。


 バイトまで少し時間があったので、3人でキャンパスでお茶をする。

「小清水、どうなの?」

「ちーは悪趣味。人ののろけ話聞いても、耳、腐るだけだって」

「いいじゃん。美夜ちゃんは高城先輩がいるんだから黙ってな」

 ちーちゃんだって遠恋の彼がいるくせに……。


「あ、そうそう。前に話してたハワイアンのお店に連れて行ってもらったよ」

「おー! この前、小清水に聞かれたとこね」

 美夜ちゃんはちーちゃんのテンションの高さに笑って、

「で、どうだった?」

 と聞いた。


 わたしはすごく並んだこと、メニューのこと、なんでもボリュームがすごいことなんかをかいつまんで話した。

「ふぅん。で、楽しめた?」

「あ、うん。おいしかったし、お店の雰囲気もよかったし。今度は一緒に行こうね」

 ちーちゃんが、むむむ、と唸った。


「そーじゃないでしょう? わたしたち的には、風が小清水と行って楽しめそうなとこ、チョイスしたつもりなんだけど!」

 こういうときのちーちゃんの迫力はすごい……。そっか、そうだよね。


「……小清水くんはすごく紳士的で、食べる早さも合わせてくれて、食べられなかったぶんもがんばって食べてくれて……すごく楽しかったの。ありがとう」

 恥ずかしくて下を向いてもそもそ話した。ホットコーヒーが、手の中でまだ熱い。

「それなら良かった」

 ふたりはにこにこして、わたしをバイトに送り出してくれた。


 正直、今日はバイトに行きたくなかった。

 小清水くんもバイトないって言ってたし、わたしのバイトがなければ長く一緒にいられたのに……。

 そう思いながら、駅まで歩いた。バイト先の塾は、わたしの家の最寄り駅の近くだ。


 そのとき、門の前で小清水くんがわたしを見ていた。彼は目が合うと、軽く手を上げた。

 わたしは小走りになって彼の元に向かう。彼は小さくにこりと笑った。

「どうしてここにいるの?」

 息を切らして質問する。

「そろそろ帰るころだと思ったんだよ」

 ……会えるかどうかわからないのに待っててもらうなんて、なんか贅沢だ。

「LINEしてくれたらよかったのに」

「あ、そうだね! うっかりした! ……でも、今日は少しでも、もう一度会いたいと思ったんだよ」

 彼の言葉が、リフレインして心に染み込む。だって、わたしも会いたいと思ってたから。

「でもね、バイトは責任持って行かなくちゃダメだよ。送らせて。遅刻しちゃうよ」

「え、大丈夫だよ。電車代もったいないし」

「会うためにお金は惜しまない」

 小清水くんは前をさっさと歩いて、お昼に渡った横断歩道もさっさと渡って行った。送ってくれると言ったのに、今度は口もきかない。


 何か、怒らせちゃったのかと不安になる。

 駅の改札をSuicaで通って小走りに追いつくと、一瞬振り返って、ぎゅっと強く手を繋がれた。やはり何も言わない。

 電車はすぐに来て、黙ったままふたりで乗り込む。手は繋いだまま、向かい合って立っていた。わたしは「たった二駅しかないんだ」と思っていた。


「……意地悪で黙ってるわけじゃないから、そんな泣きそうな顔、しないで」

 小清水くんがやっと口を開く。

 泣きそうになんか、なってたかな?

「泣いてないよ。でも、何もしゃべらないで今日はさよならかと思って」

「……。オレを好きになりすぎないで。かわいくて、どうしていいかわからなくなるから」


 なんて答えたらいいのかわからなかった。「好きになりすぎる」って、どういう意味なんだろう? それはダメなの? もう少しクールでいろってこと?


 しばらく無言で見つめ合って、一つ目の駅で、こちら側のドアが開く。人に押されて反対側のドアの方に移動する。

 自然、小清水くんがわたしを守ってくれる形になって、それでもまだ沈黙が続いた。次の停車駅のアナウンスが流れて、わたしは降りなくちゃいけなくなる。


 と、小清水くんはわたしを人から庇うように抱き寄せて、耳元でこう言った。

「オレも、大好きだから。なんかツラい。矛盾してておかしいけど」

 それだけ言うと手を離して、わたしは人に紛れて電車を降りる。まるで、波にさらわれるように。


 小清水くんはそのまま電車を降りずに、じっとわたしの目を見ていた。ゆっくり走る電車の中の彼が見えなくなるまで、わたしは彼を見ていた。

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