第2話 手を繋いだまま

 小清水くんがわたしを好きになるなんてあり得ない。

とにかくわたしは何事もトロすぎる。そのことで真剣に悩んでいた頃もあったけど、今はそこを通り越して、個性のひとつだと受け止めている。

 ……小清水くんが見てきたわたしも、存分にトロかったと思うけどなぁ。


 クラスで飲みに行ってもソフトドリンクしか飲まないし(つまりアルコールは飲めない)、そもそもちーちゃんと美夜ちゃんとしかほとんど話さない。実習に行っても同じようなもの。クラスは30人しかいないし、理系だから女子は10人くらいなので男の子たちはみんなやさしくしてくれる。

……いやらしい意味じゃなくて、紳士的に、という意味で。確かに中でも小清水くんはよく気がつく人で、酔っちゃって具合の悪い人が出ると、ささっと介抱してあげたり。実習も、彼が率先してさっさと手際よく進めてくれるので、皆もそれに倣って進めればいいって感じになった。


 つまりわたしの方が、告白されても気が引けてしまう……。小清水くんにはわたしよりずっと似合う人がいるはずだ。もっと、小清水くんと一緒に大学生活を楽しめるような人……。


「ねえ、小鳥遊たかなしさん、本当にそんなこと思ってるの?」

 学部裏の小さな植物園のベンチで話をした。結局、ぐるぐる考えても「本当のこと」しか口から出てこない。

そういうわけで腹を括ってみたのだけど……なんか、怒らせてしまったみたい。やっぱりわたし、ヘボい。


「小鳥遊さんのどういうところを好きなのか、ひとつひとつ細かく書き出してもぼくは構わないけど……。でも、やっぱりそんな旧時代的なことをするくらいなら、つき合ってみよう。『お試し期間』とか呼んでくれてもいいよ。オレはきみが本当にOK出すまで、きみに手を出したり、あちこちで彼女ですって紹介したりとかしないから。聞かれたら、『お試し』だって言ってもいいし、友だちだって言ってもいいよ」

 頭が話に追いつかない。


「あ、もちろんきみに手を出したくないかと言われたら、それはやっぱり許されるなら……いや、でも大丈夫。怖い思いとかさせたくないし、それはこっちも本望じゃないしね」


 小清水くんはわたしの隣からすっと立ち上がって、手を差し出した。

わたしは木漏れ日の逆光の中にいる彼が眩しくて、表情がよく読み取れない。でも、差し出されてみるとこちらも何故かためらわずに手を伸ばせた。彼の大きな手が、わたしの手と繋がって握手の形からそのまま引き起こされる。

――あ、手、繋いでる。時間が止まったみたいにも感じたし、逆に緩やかに時間が動いているようにも感じた。

 とにかくわたしは、彼と、初めて手を繋いだ。

「行こう」

 小清水くんはにっこり笑って学部の方へ歩いていく。連れられたわたしも一緒に歩く。どこへ行って何をするつもりなのか、全然わかんないけど、とにかく手を引かれてるから歩いた。がんばらなくても着いていける速さだったから。


 学部の入口前で、ちーちゃんと美夜ちゃんが笑顔で待っていた。桜の花が風に乗って、ふたりの髪の間にもからまっていた。

「あれー? なんだ、上手くいっちゃったの? 手なんか繋いじゃって」

 ちーちゃんが冷やかしではない笑顔でそう言った。慌てて手を離そうと思ったけど、小清水くんがわたしを見下ろして、にこっと微笑んで少しだけ手に力を入れたので離すことは断念する。


 ちーちゃんたちの顔が、恥ずかしくて見れない…。


「つき合うことにしたの?」

「いや、まだ『お試し』でいいからってぼくが無理にお願いしたんだよ。悪いけど小鳥遊さんの気持ちが決まるまで、借りるね」

「風ちゃんを泣かせないでよ」

「そんなことしないよ。好きなのはオレの方なんだから。泣かされるとしたらオレでしょ?」

 美夜ちゃんが、こいつめ、という顔をした。


「いいでしょう、風ちゃんはあんたに任せる。でも泣かせたら承知しないからね」

「うん、わかってる。お試しとはいえ、やっとつき合えることになったんだ、大切にするよ」


 その間、わたしはあっちを見たりこっちを見たり、口をパクパクさせたりしていた。小清水くんが「行こうか」と言って、「じゃあ」とふたりに手を振る。何を言う間もなく、わたしは彼と一緒にキャンパスを歩くことになった。


「お昼、何が食べたい?3コマ、空きだっけ?オレは空いてるからゆっくり食べられるとことか、ちょっと遠いお店でも大丈夫だよ」

「あ、うん。わたしも空いてる。食べるものはお任せでいい、かな?」

 彼はわたしに目線を向ける。

「せっかくだから小鳥遊さんの好きなものをって言いたいとこだけど、こういうとき、何を食べていいかわからなくなるよね?あ、桜、ついてるよ」

 繋いでる方と反対の手で、器用に素早く取ってくれた。彼の右手の人差し指と親指の間に、ひとひらの花びら。

「もったいないけど、捨てちゃうね。そうだ、お昼は洋食にしない?ちょっとおしゃれだし、記念にね」

「うん」

 花びらが彼の指から離れて、風に乗ってまた飛んで行った。

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