第23話…生き物を飼うってこと

 あっという間に時は過ぎて、7月も中旬に差しかかろうという頃。

 もうすぐ夏休みの時期である。


「うー…、あっつい……。」


 ここの所、気温が異常に高い。地球温暖化の影響なのだろうか。昨日も一昨日も、最高気温が30度を超える真夏日だった。夜も気温はなかなか下がらず、寝苦しい日が続いていた。



◇◇◇◇



「おはよー。あー、教室涼しい…。」


「おはよ。今日も暑いね。」


 学校ではいつものように彩とおしゃべりをして、冷房がほどほどに効いた教室で授業を受ける。


「最近水槽の調子はどう?」


 昼食にコンビニの菓子パンを食べながら、彩が尋ねてくる。


「昨日CO2用の寒天作ったよ。そろそろトリミングしなきゃなぁと思いつつ、やれてないんだよねぇ。」


 私もコンビニのおにぎりを食べつつ、最近のアクアリウム事情を語る。ある程度整ってしまったら、あとは維持するだけ。

 発酵式のCO2を定期的に交換しつつ、水換えや水草のトリミングをして環境を整える。

 水槽の設置から早くも3ヶ月が経とうとしている。水槽のある生活にも、さすがに慣れてきた。


「お魚は増やさないの?」


 彩は3個目の菓子パンをかじりつつ、私のスマホに保存されている水槽の写真を見ながら聞いてくる。


「そろそろ増やしてもいいかなぁって思ってる。苔が凄いから、プレコかオトシンを入れたいんだよね。」


 プレコやオトシンクルスは魚の名前。水槽の壁面にくっついてコケを食べてくれるらしい。ただ、プレコは大きくなるタイプもいるようなので、オトシンクルスがいいかなぁと思っている。


「やっぱり水草水槽は維持が大変そうだなぁ。その点メダカはいいよ。彼らはあまり手がかからない。あ、これ昨日見つけた卵。」


 彩のメダカ水槽も順調のようだ。しかも少し前から繁殖しており、マツモにくっついたメダカの卵や、小さい稚魚の写真を頻繁に見せられている。


「そのうち水槽増やさなきゃいけなくなりそうだねー。」


 彩とアクアリウムトークで盛り上がりつつ、いつもの日常が過ぎる。 

 私のアクアリウムライフは慣れたこともあって、とても順調に思えていた。



◇◇◇◇



「あれ…?」


 夏休みまであと数日。そんな日の朝。

 登校前にネオンテトラへ餌を与えようとした私は、ある異常に気がついた。


「ん?少なくない?えーっと、いち、に、さん……、よん、ご…………。じゅう…、に?」


 明らかに、いつもよりネオンテトラの数が減っていた。


「え?あれ?15匹だよね。」


 水槽の中を満遍なく見ながら、もう一度数を数える。が、もう一度数えても12匹しか泳いでいない。


「隠れてるのか……?」


 水槽の奥や流木の根元を覗き込む。


「えっ!うそ……。死んじゃってる…よね?」


 水槽の奥側。パールグラスが鬱蒼と茂っているあたりで、白くなって底に沈んでいるネオンテトラを見つけた。

 その後も、流木の裏側、フィルターの吸込み口のあたりに、同じように白くなったネオンテトラを見つけた。


「え、うそ……。マジ……?」


 信じられなかった。昨日まで特に変わった様子は……、無かった…?気がする。


「あ……、私ちゃんと見てなかったのかも……。」

 

 呆然としてしまう。自分ではしっかり飼育できている気でいた。熱帯魚を飼い始めて約3ヶ月。メンテナンスにも慣れて、ネオンちゃん達も快適に過ごせていると思っていた。


「…………。」


 頭の中が真っ白になってしまった。家を出る時間が刻々と迫ってきているにも関わらず、私は水槽の前から動けなかった。



◇◇◇◇



「千草ー。そろそろ出ないと遅刻するよー!」


 お母さんの声で、ハッと我に返った。どれだけ見ていても、死んでしまったネオンテトラが生き返ることは無い。


「とりあえず掬ってあげよう……。」


 小さめの網を取り出して、死んでしまったネオンテトラを1匹づつ掬っていく。


「ごめんね……。」


 数枚重ねたティッシュの上に、掬ったネオンテトラを置いていく。全部で3匹。


「お母さん、ネオンちゃん達、庭に埋めていい?」


 ネオンテトラを乗せたティッシュを手に、リビングに居るお母さんに声をかける。


「どうしたの?あぁ……、ネオンちゃん死んじゃったの。んー、空いてる鉢植えあったでしょ。ちょっと待ってて。」


 土間収納から、小さなシャベルと緑色の陶器の鉢植えを持ってきたお母さんはそのまま外に向かう。お母さんの後を追って私も外へ。


「ほら、ここにネオンちゃん入れてあげて。で、この土掛けてあげて。」


 緑色の鉢植えには既に少しだけ土が入っていた。ティッシュからネオンテトラを土の上に移す。その上から更に土を被せて、埋めてあげた。


「うん。おっけー。とりあえず学校行きなさい。あとはやっておいてあげるから。」


 お母さんに鉢植えを渡して、カバンを取りに部屋へ戻る。水槽の様子を確認すると、ネオンテトラは元気そうに泳いでいた。


「行ってきます……。」


「行ってらっしゃい。気をつけてね!」


 憂鬱な気持ちで自転車を漕ぎ出す。私の気持ちとは反対に、空は晴れ渡っていて、今日も暑くなりそうだ。

 

 生き物を飼っているという事を、改めて認識させられた。しっかり飼育していたつもりだったけど、何かがダメだったのだろうか。なぜ3匹だけ死んでしまったのだろうか。

 自転車を漕ぎながら、頭の中を、なぜ、どうしてという単語がグルグル回っていた。

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