第5話…私もアクアリウムの世界へ

「おーい、お嬢ちゃん。そろそろ店閉めたいんだけど。」


「えっ!?あっ、はいっ!?」


 突然声をかけられて、飛び上がるくらい驚いてしまった。もしかして私はまた水槽見ながらボーッとしてたの?


「何か探してるのか?うちは取り寄せもできるから、時間もらえれば手に入れられるけど…。生体か?水草か?」


 熱帯魚コーナーの入り口に、お店の前でタバコを吸っていたサングラスのおじさんが立っていた。


「あ、いえ…、違うんです。探してた訳じゃなくて…。始めたいんです。アクアリウムを趣味にしたくて…。」


「ふーん、初心者さんね。うち来るのも初めてだよな?もっときれいな店行けば良いのに。物好きだねぇ。」


 おじさんが頭を掻きながら楽しげに笑う。


「いや!確かにお店はボロかったですけど!この水槽めちゃくちゃきれいで!なんか見惚れちゃって…。」


 勢いあまって捲し立ててしまった…。おじさんは頭を掻いた姿勢で少しポカンとしてから、また笑い出した。


「あっはっは。ありがとうな!その水槽ずっと見てたのか。1時間くらい出てこないからどうしたのかと思ったよ。」


 え!?もうそんなに経ってたの…?ってことはもう6時くらい?


「あー…、遅くまでごめんなさい。私この前も水槽見ながらボーッとしてたことあって…。で、アクアリウムに興味を持ったんですけど。」


「なるほど。それでうちに行ってみようと思ったってことね。アクアリウム始めたいなら色々教えてやるけど、どうする?」


 ニヤッと笑いながら、おじさんが提案してくれる。


「えっ、いいんですか?もうお店閉める時間なんじゃ…?」


「あー、いいよいいよ。どうせ他に客もいないし、バイトもいないし。ほら、ついてきな。」


 そういっておじさんはスタスタ歩き出してしまった。

 慌ててついていくと、空の水槽が置かれた機材コーナーでおじさんは止まった。


「とにもかくにも、まずは水槽だ。これがないとアクアリウムは始められない。お嬢ちゃん予算はどれくらいだ?」


「えっと…、1万円くらいで…。なんとかなりますか?」


 今までこれといってお小遣いの使い道は無かったけど、所詮JKに成り立ての私に出せるお金はそんなに無い。


「1万ね。まぁ入門だし、そんなもんだろ。水槽を置くところは決めてあるのか?それなりに丈夫な台じゃないと壊れるからな。」


「私の部屋の勉強机が使えるかなって思ってるんですけど…。」


 小学校に上がったときに買って貰った勉強机だけど、高校受験の時に炬燵を買ってもらい、そこで勉強してたからもう使わなくなってしまった。


「しっかりした勉強机か?それなら、まぁとりあえずは大丈夫だな。でもそのうち専用の水槽台を買った方がいいぞ。で、だ。水槽の大きさなんだが…。」


 おじさんはごそごそといくつか水槽を持ってきた。


「まず、俺のおすすめは60cmだ。デメリットは大きくて重いってとこだな。勉強机にも置けるだろう。あとは45cmや30cm水槽とかもある。これはお洒落な30cmキューブだな。さて、どれがいい?」


 いくつか並べた水槽をざっと紹介してくれた。いきなりこの中から選べと言うのも…。


「えっと…、質問いいですか? なんで60cmの水槽がおすすめなんですか?」


「60cm水槽は見た通りそこそこ大きいだろ。入る水の量もそれだけ多いってことなんだが、魚を飼っているとそいつらの糞とかで水が汚れるんだ。で、水の量が少ないとあっという間に水が汚れる。60cm水槽ならそこそこきれいな水を保っていられるって感じだな。あとは大抵の魚を飼えるし、レイアウトもまぁまぁやれる。」


「な、なるほど…。じゃあ30cm水槽はあまり買わない方がいいってことですか?」


「そういうわけじゃないんだがな。ようするに、何をどれだけ飼いたいかが重要だ。あまり生体を飼わないなら30cmでも十分だし、生体をたくさん入れたいなら30cmだと足りない。お嬢ちゃんはどんな水槽を作りたいんだ?」


 おじさんは笑いながら私に聞いてきた。


「どんな水槽を作りたいか…。…小さいお魚をたくさん入れて…、水草もきれいに配置して…。あそこにあった水槽みたいなのを作りたいです!」


 私は先ほどまで見惚れていた水槽を思い浮かべていた。


「入り口のところのやつか?あれは金かかってるぞー。」


 おじさんはニヤニヤ笑う。


「よし、わかった。とりあえず60cm水槽がいいと思うぞ。これならある程度何でもできる。さすがにいきなりあの水槽みたいなのは作れないけどな。今日金持ってきてるのか?」


 あ、そういえば今日はただ見に来ただけだから、お財布に入っていないんだった。


「あー、今日はちょっとお金なくて…。」


「なら、また今度金持って来な。それまでに、水槽の置き場を再確認、水を運ぶ経路の確認、大きめのバケツを2つ以上、水を拭くタオル、4口以上の電源タップを準備しておけよ。」


 おじさんが矢継ぎばやに言うので、慌ててスマホでメモをとる。


「わ、わかりました!」


「1万で収まるように準備しておくからよ。今日は終わりだ。店閉めるぞー。気を付けて帰れよ。」


 手をヒラヒラさせながらレジの方に歩いていく。


「あ、ありがとうございます!また来ますねっ。あーっ、明後日の夕方に!」


「おう、またなー。あ、これ貸してやるから暇なときに読んでみ。ちょっと古いけど。」


 そういって、レジ裏から一冊の雑誌を取り出してきた。


「楽しい熱帯魚…?」


「もう休刊になっちまった雑誌だけどな。まぁ次来るときにでも返してくれたらいいさ。」


「ありがとうございます!」


 貸して貰った雑誌を鞄に入れて、すっかり暗くなった道を自転車で走る。

 早く家に帰って水槽の置場所作らないと。借りた雑誌も早く読んでみたい。

 することがいっぱいできてしまったけど、それがなんだか楽しい。


「早く水槽置きたいな。」


 明後日、金曜の放課後にお店に行こう。

 今度はちゃんと準備をして、水槽を買うんだ。


 私はとってもワクワクしながら帰り道を急いだ。


「やばいっ!机の上片付けないと…」


 勉強机の上の惨状を思いだし、まずは片付けだなと苦笑いしてしまった。

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