第2話 原子力発電は禁断の箱
剣橋高校2年の小笠原広海、秋田千穂、清水央司の3人は行きつけの喫茶『じゃまあいいか』で他愛のない話で盛り上がっていた。話題はパンドラの箱と浦島太郎。そこに級長の大宮幹太が加わって…。
「確かに。パンドラがゼウスの言いつけを守って箱を開けなかったら、人間界は理想社会のまま。っていうか、ゼウスは単なるおマヌケなだけで、教訓にもならないし、第一、神話として成立しないわよね」
「浦島太郎だって、もし竜宮城から戻った太郎が玉手箱を開けなかったら、時代が変わった中で浦島太郎だけが若いままタイムスリップした状態なわけだから、歴史を歪めてしまうわけだよね。『バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ』みたいにね」
やっぱり女性は現実的だ。幹太は思った。
「ってことは、浦島太郎に玉手箱を渡した乙姫様ってヒールなの。もしかして悪女ってこと。浦島太郎ってさ、いじめられたカメを助けたヒーローじゃね?プロレスで言えば、ベビーフェイス。なのに、最後に爺さんになってしまう結末なんて可愛そうじゃん。全然、めでたしめでたしじゃないし。竜宮城って罠だったわけ? なぁ、罠だったってわけ? ハニー・トラップ」
「何か一人だけ、スッゲえ感情移入している人がいるんですけど…。浦島太郎はさ、人間世界の何十年分も竜宮城で飲めや歌えのドンチャン騒ぎの接待受けてニヤけてたんだよ。それだけでギルティ、有罪」
幹太は検事のように、浦島太郎にも非があると考える。
「きっと隣には、ミニスカートの綺麗どころをはべらせて。ハーレム状態」
「今風に言うとキャバクラ状態ってことね。太郎も鼻の下伸ばしていたのよね、ビロ~ンて」
恭一と広海が“検事”を補佐する。
「言っても所詮、はべっているのは鯛やヒラメじゃない。ううん、中にはウミヘビとかウツボもいたりしてさ」
「広海も千穂もリアルだなぁ。どっちにしても、太郎は玉手箱を開けて歴史を歪めなかったんだから、めでたしめでたしなんだよ」
幹太が話をまとめるが。央司は納得がいかない。
「ん~、分かったような分からないような。キツネにつままれた気分だよ」
「それって、キツネにつままれたことがある人の言い方よね」
些細なことを見逃さず、徹底的にイジり倒す広海。
「鋭いツッコミ! 嫌いじゃないけど」
幹太が乗っかった。
「で、何だっけ」
「えっ」
「4人で浦島太郎の語ってたわけじゃないだろ。パンドラの箱とトロイの木馬だよ」
幹太はストローで大きめの氷をかき回すと、アイスド・コーヒーを一口喉に流し込んだ。
「えっとね、原発の話よ。原子力発電のハ・ナ・シ」
「東日本大震災からもう5年よ。被害が大きかった岩手、宮城、福島の東北3県、今だって大変でしょ。復旧って言うか復興に向けて取り組んではいるけど、原発がメルトダウンした福島の場合は他の2県とは状況が全然違うし」
「放射能の除染自体、難しくて先の長い話なのに、残留放射能の数値が低くなったからって一方的に避難解除されても『ハイ、そうですか』って帰れないわ。地下水や生活用水も心配だし、職場や社会インフラも十分に復旧していないんだもん」
千穂も広海も自分たちなりに東日本大震災後の被災地のことを考えていた。
「原発がパンドラの箱やトロイの木馬ってことね。トロイの木馬は微妙にニュアンスが違うと思うけど、災いの元って意味では当たらずとも遠からずか。確かに今になって思えば、パンドラの箱かもしれない。あの事故が起きるまでは放射能は危険なもの、原子力発電は危険と隣り合わせと頭では理解していても、どこか他人事でさ。原発を誘致した自治体だって、しっかり危険手当みたいな補助金もらっていた。安全性については国や電力会社の言うまま。大体彼らは安全性は語っても、危険性は語らない。ロシアのチェルノブイリの事故にしても震災が起きるまでは所詮、自分たちにはあまり関係のない対岸の火事だった」
とは言え、幹太は日本国内にある原子力発電所の数も正確には把握していない。何県にあるかさえ、うろ覚えだ。広海も同様だった。
「“箱”が空いちゃって、安全神話なんて元々なかったことが分かったの。日本の原発に限って問題なんかあるはずがない、安全だっていう根拠のない楽観論は吹っ飛んだわけ。水蒸気爆発と一緒に」
「エネルギー効率だけを考えれば火力や水力、風力、地熱なんかの発電に比べると、原子力の方が圧倒的に優れているから、経済最優先で飛びついた」
千穂が続ける。
「で、原子力発電はプルトニウムとかの副産物も発生してしまう。原料のウランも100パーセント燃焼して跡形もなくなるわけじゃなくて、かなりの量が残ってしまうんだって。その処理がまたかなり厄介で…」
「厄介って言うより、ぶっちゃけ再利用に有効な手立てがないから、始末が悪い。中間処理施設は作ってはいるものの、最終処理の方法も確立していない。だから、いつまでも中間で宙ぶらりん状態。詭弁もいいところ」
幹太の言うように、プルトニウムの処理のサイクルは完結出来ていない。中間処理施設の核のゴミは増える一方だ。
「えっ、原発で発生したプルトニウムって、プルサーマル発電で再利用するんじゃないの?」
所詮、聞きかじりの知識だ。広海はプルサーマルの意味も知らない。
「もんじゅね。高速増殖炉」
もんじゅなら広海も聞いたことがある。
「でも、もんじゅだって技術が確立していないから、実際に稼動していない」
「プルトニウムは、フランスに持って行けば再利用できる原料にすることが出来るらしいけれど、往復の運搬費や加工の代金なんか考えたら、コスト高」
「結局、核廃棄物として中間処理施設に置きっ放し。それだって放射能漏れの危険がないわけじゃない。処理する場所だってどこでも良いってわけにはいかないし、受け入れ自治体だって限られている。福島の事故までは問題が表面化しなかっただけでさ。もう、逃げるに逃げられなくなったってこと」
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