4.
次に目が覚めたときはもう、部屋の中も外も暗くなっていた。雨はまだ降っていた。
窓から漏れる街灯の明かりを頼りに、再び携帯を探す。何回かボタンを押してみても反応せず、電池切れになっているのを知った。
「まあ、いいか」
携帯を放る。さすがにお腹が空いたような気がして、ぺたりと床に降りた。何か食べるものがあっただろうか。
この頃あまり食欲がなかったせいで、冷蔵庫にはろくなものがなかった。オレンジ色に照らされて中を眺めるうちに、空腹はどこかへ行ってしまう。ばたんと扉を閉める。頬がひやひやした。
流しに立って、蛍光灯を点けた。水道水をコップに注いだところで、預かりもののパキラのことを思い出す。コップをもう一つ、取り出した。
もともと狭い私の部屋に、うまいこと観葉植物を置ける場所なんてない。壁際は、玄関から続く台所から見て、右手は箪笥と本棚、左手はベッドと机、奥は窓で埋まっている。しかたなく、部屋の真ん中にあった座卓を手前にずらし、窓の真ん前に据えた。部屋はさらに狭苦しくなったが、なんだか部屋の中に木が生えてきたみたいで、幼い頃読んだ絵本を思い出す。少年の部屋を森に変えてしまったあの木々も、こんな形の葉を生やしていたような気がした。
「『まだ ほかほかと あたたかかった』……だっけ」
最後の一文を諳んじる。その絵本はもちろん、この部屋にはない。実家の私の部屋の本棚の、一番下の段に入っているはずだ。
レースのカーテンが引かれた窓を背に、パキラのシルエットがぼんやり浮かび上がっている。大きな葉っぱが、白い光をつやつやと映している。
蛍光灯を消すと、部屋は余計にパキラでいっぱいに見えた。
右手のコップから水を呷る。座卓を回りこんで、鉢の前に腰を下ろした。ほんのりと、あるかなしかの緑の香りが鼻先をくすぐる。
水を満たした左手のコップから、鉢に水を遣る。黒い土に、発泡スチロールの薄い破片が挿さっている。サインペンで『稀之介』とあるのが、闇の中でも読み取れた。書いた本人のような、ひょろひょろの変わった字だ。
部屋はひどく静かだった。隣の部屋からも、窓の外を走る道路からも、何も聞こえない。相当遅い時間らしかった。本棚のへりにも置き時計があるが、ここからでは暗くて文字盤が読めない。わざわざ時間を確認するために電気を点けるのも億劫だったので、座卓の上にコップを二つ並べて、ベッドに戻った。
タオルケットにもぐりこむ。寒くはないが、空気が湿っぽい。
(梅雨入り、したんだっけ)
最近食欲がないのは、そのせいかもしれなかった。実家から連れてきた、枕許のあざらしのぬいぐるみを撫でながら、黙って雨音を聞いた。
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