第20話 始まる暴走

13:30


ネストは学校に行かないで部屋の壁に寄り掛かり、足を投げ出して座っていた。


ブーブー・・・ブーブー・・・


テーブルに乗ったスマホが小刻みに揺れている。

このブザーも何回聞いただろうか?

割れた画面には国立喜龍学園と表示されている。


『ただいま留守にしております。ピーと鳴りましたらお名前とご用件をお願いします。ピー『国立喜龍学園、魔法学の担当の佐野です。ネストさん。魔法学の勉強が始まっております。今日は休みでしょうか?ご連絡お待ちしてます』ブツッ』


画面がロック画面に戻ると着信履歴は10件以上にも及んでいた。

それらが聞こえていないかのようにネストの目は空を眺めている。

その目にも正気は無く、頬にかけて涙の跡が残っている。

突如立ち上がり、フラフラと机に向かう。

引き出しを開け、何かを探している。

漸く目当ての物を見付け風呂場に向かう。

その右手にはカッターナイフが握られていた────



◇◆◇◆◇◆



学園では魔法学が始まっていた。

龍護のペアであるネストは来ていない。


(今日は休みかな?)


すると佐野先生が歩いてくる。


「あっ、先生。今日ってジェーラスさんは・・・」

「うん。それなんだけどね?今朝から電話をしてるのに出ないんだよ」

「・・・え?」


佐野先生の言葉に胸騒ぎを覚える。


(何だ・・・?嫌な予感がする)


龍護は、早退してネストの様子を見に行く。と佐野先生に言うと、ならこれを。とネストが住んでいる住所と部屋の番号が書かれた紙を渡される。

それを半ば乱暴に受け取って走り出した。

途中で自分の教室を通るが、入る事すらしない。


それをすれば手遅れになる──────


そう直感が告げていた。

スマホで住所を検索して走り出した。



◇◆◇◆◇◆



漸くネストの住んでいるアパートに着いて2階に駆け上がる。

部屋は7部屋あって、ネストの住んでいる部屋の番号はその真ん中。

ネストの部屋の前に着いて呼び鈴を鳴らす。


・・・出ない


ドアを開けようにも鍵が掛かっている。

急いで大家さんに事情を話すと予備の鍵を渡してくれた。

その鍵を持ってドアを開ける。


薄暗い


玄関で靴を脱ぎ、中に入る。

足に少しだけ湿った感覚が走った。

それを無視してリビングへと進んで行く。


いなかった


電気を付けると1部の壁と床が人の下半身の形で湿っていた。

つまり今までここにいたという事を示している。

そして小さいテーブルには画面が割れたスマホ。

電源を入れると国立喜龍学園からの着信が何件も来ていた。


(電話くらい出ろっての・・・)


ここにはいないことを知って帰ろうとした・・・その時だった。



ピチャン──────



水が落ちる音が響く。

台所の水道は締まっている。



ピチャン──────



また響く水の音。

龍護は思い出す。

家の中で水を使う場所・・・風呂場。



ピチャン──────



龍護は警戒しながら風呂場に向かうと中に人影が見えた。

身を屈め、ドアを開けるとそこには──────






























濡れた制服を着たネストが、ぬるま湯に浸けた手首から血を流してグッタリしていた。






























「ネストォ!!!!!!!!!!!!!!!!」


龍護はすぐに光属性の魔法による回復で傷口を閉じて抱き抱える。


「ネスト!!!!しっかりしろ!!!!おい!!!!ネスト!!!!」


龍護の呼び掛けには反応しない。

ネストの胸に耳を当てる。


ドクン・・・・・・・・・・・・ドクン・・・・・・・・・・・・


微弱な心臓の音が響く。


まだ生きてる


急いで龍護は救急車に連絡をした。

近くには血の付いたカッターナイフが転がっている。

それだけで龍護は何をしようとしてたのか気付く。



自殺────



数分して救急車が到着し、ネストは担架に乗せられる。

龍護は付き添い人として来て欲しいと言われ、救急車に乗った。

その間にネストは輸血パックがチューブで繋がれた針をネストの腕に刺される。

漸く受け入れ可能な病院が決まり、搬送された。



◇◆◇◆◇◆



結論を言うとネストは一命を取り留めた。

理由としてはネストが手首を切ってすぐに龍護が駆け付け、光属性の魔法を使ったのが唯一の救いだったからだ。

龍護は部屋で遭ったことを佐野先生に報告する。

佐野先生もこちらに来るとの事。

龍護にはそこで待っててほしいと言って電話を切った。

数十分経って佐野先生が来た。

だが当の本人はまだ目が覚めていない。

医師が現れて先生とお互いに挨拶をする。

龍護は心配そうにネストを眺めていた。



◇◆◇◆◇◆



暗い闇が続く。

ネストが1人、その暗闇に立っていた。


『ここは・・・?』


後ろから気配がして振り向くと龍護がいた。


『先輩!』


ネストの表情に明るさが戻り、龍護の元に走っていく。

だが突然龍護の横に友姫が現れた。


『え・・・?』


龍護と友姫は2人で歩いていってしまう。


『そんな・・・待って・・・』


ネストは走るがとても追い付かない。

そしてとうとう消えてしまった。

次は後ろから誰かが現れる。

家族だ。


『みん────』


黒い影がネストの横を横切る。

その黒い影はネストの家族の元に行くと快く受け入れられていた。


『ま・・・待って・・・!』


言葉とは裏腹に身体は動かずガタガタと震え出す。

そして父親が振り向き、ネストに言い放つ。


『お前は要らない子だ』


ネストは必死に走るが距離が縮む事は無い。

足が縺れ、転んでしまう。

ネストは暗闇で独りになった。

独りの身に耐え切れずにネストは頭を抱え、ガタガタと再び震えてしまう。


『い・・・いや・・・誰か・・・誰か・・・いや、独りにしないで・・・いや・・・』



◇◆◇◆◇◆



「いやあああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!!!」

「ネスト!?」


病院の扉が開いて龍護が入って来た。

ベッドで寝ていたネストは大量の汗を掻いて息も荒くなっていた。


「ちょっと待ってろ!すぐに先生をよん」

「待って!」


ネストに呼び止められ、龍護は振り向く。


「先輩・・・行かないで・・・」


その目は誰でもいいから縋りたい・・・そんな思いを宿し、声はとても弱々しかった。



◇◆◇◆◇◆



ネストが遭ったことをポツリポツリと話し出す。


父親が養子を取った事。


自分は家族でいられる為の条件としてあの学園に入れさせられたこと。


昨日、父親から勘当された事。


全てを龍護に話した。


「そんな事が・・・」

「・・・」


お互いに黙ってしまい、沈黙が2人を包む。


「なんで・・・」

「え・・・?」

「なんで・・・死なせてくれなかったんですか・・・?」


そう言ったネストの目には涙が浮かび、声も震えている。


「私・・・もうどうすればいいか分かりません・・・」


いっそ見殺しにしてくれれば良かったのに・・・!!!!と叫び、ネストの目からとめどなく涙が溢れ、頬を伝い、病院のベッドに落ちていく。

耐え切れなくなったのか、顔を両手で隠し、もう・・・殺して下さい・・・生きたくありません・・・と嗚咽する。

ネストの心は疲弊し切り、修復は出来そうに無い。

唯一出来る方法はある。

だがそれも不可能なのは分かっていた。


「ネスト・・・」


龍護は優しくネストの頭を撫でる。


「外・・・行くか?」

「え・・・?」



◇◆◇◆◇◆



龍護に誘われてネストはV字型の病院の外にある池に来ていた。

池は管理されていて、水が透き通っている。


「綺麗・・・」

「来る途中で見付けたんだ」


ネストがゆっくりと歩き出し、池の淵にある手すり付きの柵に寄り掛かった。

その横に龍護も立つ。


「リューゴォ!!!!ネストォ!!!!」


後ろから声を掛けられ、振り向くと友姫が膨らんだビニール袋を持って走ってきていた。


「ラジネス先ムグッ!?」


友姫が問答無用でネストに抱き着く。


「リューゴからネストちゃんが病院に運ばれたって聞いて心配したんだよ!?それにほらっ!!!!」


友姫は持っていたビニール袋を広げて沢山のお菓子を見せる。

その1つ1つに何かが書かれた紙が貼られてあった。

その1つを剥がす。


《ジェーラスさんへ。

大丈夫?何かあった?先生に聞いても何も言ってくれなくてね・・・友姫ちゃんがお菓子を持って行くって聞いて手紙を書きました!国は違うけど貴女はあの学園の生徒の1人で私もその1人なの。だから何かあって抱えきれないのなら私でも誰でもいいから相談してね?

3年A組で待ってるからいつでも来てね!

北野白より》


もう1つ剥がす。


《ジェーラスさんへ

そっちの状態がよく分かんないけどさ・・・あまり1人で抱え込むなよ?あんまり話した事はねぇけど何か話したくなったら聞くから頼ってくれよ!

安達野武より》


手紙にポタポタと涙が落ちた。

ジェーラスは泣いていた。

だが悲痛な涙では無い。



ただただ嬉しかった──────



自分を心配してくれる人がいる。

それは家族でなくてもだ。

手紙がそれを訴えていた。


「独りじゃ・・・無かったんですね・・・」

「たりめーだろ」


龍護はぶっきらぼうにネストの頭を撫でる。


「俺だって心配したんだ。それに・・・」

「・・・?」

「お前を強くするっていう約束は意地でも守ってもらうぜ」

「・・・・・・・・・・・・はい!!!!」


涙を流しながらもネストの顔に笑みが現れる。

心はまだ安定はしていないが少しだけ心の雨は晴れていた────



◇◆◇◆◇◆



龍護が3人分の飲み物を買ってきた。

池の淵にある椅子で座っていた2人に渡して自分も座る。


「さぁ~て、ここからどうすっかなぁ?」

「どうってどういう事ですか?」

「だって授業すっぽかしたんだぞ?空いてる時間どう潰すかなぁって・・・」

「す・・・すみません・・・そういえば龍護先輩って・・・」

「あん?」


プシッ!とプルタブを開けて中を飲み始める。


「ラジネス先輩と付き合ってるんですよね?」

「ブーッ!?」


龍護が盛大にコーヒーを噴き出した。


「ゴホッ・・・ゲホッ・・・!何で気付いた!?」

「いや・・・雨の日にお2人が仲良く帰ってるのを見付けたんで」


オオオ・・・と龍護は頭を抱えて呻き出す。

それもそうだ。

彼女と仲良くしてる所を後輩に見られたのだから。

そんな龍護をネストはジト目で見ている。


「・・・何でしょう?」

「いえ別に」


ハァ・・・とネストの口からため息が出てしまった。


(結局・・・片思いで終わったのか・・・)


ハハ・・・と諦めたような笑みが出てしまう。

さぁて、一旦戻るぞー!と龍護が立ち上がった。

その後に友姫が続く。

ネストはまだ座ったままだ。

ふとネストの頭に思い浮かぶ。


(もし、龍護先輩とずっと一緒にいられたら私は・・・)

「おーい、ネス・・・・・・ト・・・・・・?」


龍護のネストを呼ぶ声がおかしい。

それどころか友姫と龍護の表情は困惑している。


「・・・どうしました?」

「え・・・お前こそ・・・何だよ・・・?それ?」

「え?」


ネストが後ろを振り向くが何も無い。

下をふと見るとネストの首から蠢く何かが生えているような影が映る。


「・・・・・・え・・・・・・?」


ネストが後ろ首を触ると何かが手に当たる。


グニャリ────


「ヒッ・・・!!!!」


その感触は生理的に受け付けない代物だった。

その何かを映した影はどんどん大きくなっていく。

そして────突然爆発したかのように巨大化した紫色の何かは、ネストを包み込み始める。


「キャアアアアァァァァァアアアア!?!?!?!?」

「ネスト!?」


異変に気付き、龍護と友姫はネストの元に走るも、鞭のように振り回された紫色の触手に弾かれる。


「何だ・・・!?あれ・・・!?」

「リューゴ!一旦建物の中に!」


友姫の言葉に頷き、龍護と友姫は病院内に避難する。

その間にもネストを包んだ触手は平べったい繭の様な形になり、上へと浮いていく。

そしてV字型の病院の頂点まで浮上すると無数の紫色の触手が繭から飛び出して病院の外壁に付着し、繭を浮かせた状態で動きは止まった。

だが次の瞬間────黄色い眼球と赤い瞳をした眼が繭と触手に次々と現れる。

繭の下から何かが産まれたかのように出てきてフヨフヨと漂っている。

それらをよく見ると繭や触手と同じ”眼”だった。


その様子は病院内の患者や医者、友姫、龍護も見ていた。

咄嗟に龍護はスヴェンに電話をする。


『どうした?龍護君』

「スヴェンさん!あれは一体何だ!?テレビ電話にするから教えてくれ!」


龍護はすぐに音声通話からテレビ通話に変えて、画面越しのスヴェンに今の様子を見せた。


『龍護君。恐らくあれが【嫉妬の龍】の能力だ』

「あれが・・・!?」

『今説明出来る範囲で言うと【嫉妬の龍】は中でも”独占欲”が非常に強くてね。自分の気に入った物は全て、自らの作り出した監獄に閉じ込め、死ぬまで愛でていた────と言われているんだ。そして入ったら最期────その監獄が壊れるまで中にいる人達は出られなくなってしまうんだ』


スヴェンの言葉に驚愕する。

だがネストは発動の時は気付いていないように見えた・・・だとすると────


「暴走してるって訳か・・・!」


外にヘリコプターが見えた。

恐らくメディア関係のヘリコプターだろう。


『皆さん!ご覧下さい!突如現れた紫色の繭は現在、第二龍治病院屋上に留まっております!あれは一体何なのでしょうか!?』


繭に変化が訪れる。

繭のテッペンから長い筒の様な物が現れた。

その筒の内部が赤く色付いていく。

そしてその筒は炎の弾を撃ち出し、メディア関係のヘリコプターを撃ち落とした────


恐らく防衛反応だろう。


ヘリコプターは黒煙を上げながら地上に落ちていく。

龍護はそれを見ていた。


(死者が出やがったか・・・!)


患者や医者は悲鳴を上げ、パニック状態となり、病院から逃げていく。

1つの浮遊する”眼”が窓越しだが龍護の前に現れる。

”眼”は目を細め、振動を始める。


(何だ・・・?)


だが龍護は気付いた。

奥から物凄い速さで触手が自分に襲い掛かってくる。

窓を割って中に入って来た。

ギリギリで飛び、龍護も躱す。


(俺を狙ってる・・・?)


試してみるか・・・と龍護は走り出した。

それを追うかのように”眼”も着いて来ている。


(やっぱり俺狙いかよ!?)


龍護は必死に走る。

だが────


ドォン!!!!


触手が先を読んで龍護の目の前の床を破壊した。


(行かせねぇってか・・・)


龍護は近くにあった包帯を取って自分の顔に巻き付ける。

正体がバレずに魔法を使う為だ。

使うのは浮遊魔法。

魔法を授業以外で使うのはゲーセン帰りに不良に絡まれて以来だ。

浮上し、屋上に進む。

空は既に何台ものヘリコプターが浮いていた。

だが龍護は失念していた。

龍護には攻撃出来る魔法の属性が無い。

出来るのは────


(これしかねぇ!)


龍護は屋上にあった観測機の陰に隠れ、闇属性の魔法を使う。

屋上の中心に偽物の龍護が現れた。

その偽物を自分とは進む方向の逆に走らせる。

”眼”は偽物を追っていた。


(よし!そのまま行ってくれ!)


龍護は勝機を得たように病院内に入り、包帯を解いて友姫を探す。

だが龍護は忘れてしまっていた。


”眼”は1つではなく複数あった事を────


窓の向こうに触手に現れた”眼”があった。

その”眼”と龍護の目が合ってしまう。

目の前と後ろの廊下が壊され、龍護は退路を絶たれた。


「リューゴ!!!!」


向こうから友姫が浮遊魔法を使って走ってくる。


だが遅かった────


龍護は下から来た紫色の触手に捕らわれ、全身が見えなくなる。


「リューゴォ!!!!」


友姫は浮遊魔法を使って飛び、龍護の元に向かうがしなる触手に当たってしまい字面へと落ちていく。

だが咄嗟に受け身を取って難を逃れた。

触手に囚われた龍護はそのまま繭の中へ、呑み込まれてしまった────



◇◆◇◆◇◆



目を開けると紫色の細い線が羅列していた。

監獄の檻のようだ。

触るとグニャリと変形する。

だが一定の力を込めると途端に固くなった。


「やられたな・・・」


龍護の【強欲の龍】は相手の龍の能力をコピー出来る。

だが今回においては使えるかどうかは分からない。

そして先程から聞こえる啜り泣く声。

龍護がその方を見るとネストが繭の床に座り込んで泣いていた────

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