第17話 決意

翌日。

ネストは朝早く学園に来て魔法練習場の使用許可申請を出していた。

学生証を専用の機械にスキャンさせて使用月日、使用時間を入力する。

【OK】のパネルをタッチすると下からレシート程の小さな紙が印刷された。

これで喜龍学園の魔法練習場が使えるのだ。

急いで魔法練習場へ向かう。

中はネスト以外誰もいなかった。

そしてネストは鞄を壁際に置き、その真ん中に立って両手を広げて伸ばす。

昨日、龍護から習った方法を復習しているのだ。


(空洞の土の壁を作って、そこに土を流し込む・・・)


すぅー・・・はぁー・・・と深呼吸して土の壁を作った。

集中を解いて壁に近付き、グッ・・・!と手のひらを押し込む。

崩れなかった。

自分1人で土の壁を作った時に比べて遥かに強度は高い。

龍護のアドバイス通りにやった結果だ。


キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴って急いで巨大な土の球体を壁の真上から落として崩し、鞄を持ち、教室へと急いだ。



◇◆◇◆◇◆



午後になり、合同授業が始まった。

ネストは急いで魔法練習場へと向かう。

扉を開けると既に何人かは魔法練習場にいた。

その中に龍護の姿が見える。


「奪木先輩!」


呼ばれて龍護は振り向いた。


「おうジェーラスか。早いな」

「はい。教えてもらった方法を早く他の属性でも使ってみたくて・・・」


ジェーラスの言葉に白が呆れていた。

ジェーラスにではない。

龍護にだ。


「アンタ、適正Sだし魔法教える技術があるのになんで普通科かなぁ・・・なんなら今からでも編入は────」

「悪いな。もう編入に関しては佐野先生とは話を付けて無しになったんだ」


勝ち誇ったような顔付きの龍護に対してつまらなそうにした白だった。

ぞろぞろと他の生徒達が入ってきて整列し始める。

生徒全員が整列し終わった時には教師が入ってきていた。

生徒全員、怪我の無いように。と注意の言葉を並べて合同授業が始まった。



◇◆◇◆◇◆



「それじゃあ今日は、まず昨日と同じように土の壁を作ってみて」

「はい!」


明らかに昨日とはジェーラスの声量や雰囲気が違う。


(授業に慣れたかな?)


まぁそれはいい事だ。と思ってジェーラスが土の壁を作る様子を見ていた。

ジェーラスが土の壁を作り終わり、龍護が強度を確認する。

手の平でグッ・・・!と押してもビクともしない。

やり方さえ変えれば魔法適正がCでもこれ程の強度を保てる事が証明されているのだ。


(次は複製だな・・・)


龍護が次にジェーラスへ教えようとしていたのは魔法の複製だ。


「なら次は土で槍を作ってくれ」

「はい」


ジェーラスは龍護に言われた通りに土の槍を作り出し、地面に置いた。


「じゃ、複製だ」

「え?複製?」


複製と聞いて頭に疑問符を浮かべるジェーラス。

複製とは、簡単に言えば同じ魔法を同時に何個も撃ち出す事だ。

それを龍護は自分で【複製】と命名していた。


「ま、簡単に言うと何個も槍を作って一斉に撃ち出せって事だ」

「でもどうやって・・・・・・あっ!」


龍護がそれを言う前にジェーラスは気付いた。


奪木先輩に教えてもらった方法を同時に何個も使えばいい


やってみます!とジェーラスは意気込んで集中する。

ジェーラスの周りに3本の土の槍が現れる。

だがすぐに崩れてしまった。

ジェーラスは再び槍を作るも失敗が続いてしまう。


「・・・」


龍護はジェーラスを後ろから真剣な目で見ていた。

考えていた事は3つ。


1つ目は、なぜジェーラスが土の槍を複数作れないのか。

まぁ、これに関しては龍護の中で結論は出ていた。


2つ目は、もしもジェーラスが名家の出身なのが本当だったとして、なぜ日本に送られたのか。


3つ目は、なぜ自分の龍の紋章は反応したのにジェーラスに紋章は浮かび上がらなかったのか。


だがこの3つ目はすぐに答えは出た。

ジェーラスが髪の毛が鬱陶しくなったのか制服のポケットからヘアゴムを取り出して1つに纏める。

その時だ。

ジェーラスのうなじに紫色の龍の紋章が浮かび上がった。


(そこかよ・・・)


ハァ・・・と溜息が出た。

友姫といいジェーラスといい、厭らしい所に紋章はあった。

あの変な老人の趣味ならドン引きだな・・・と俯きながら心の中で毒づく。

ふと顔を上げてジェーラスを見ると今にも泣きそうな目で龍護を見ていた。


「ど・・・どうした!?」

「先輩・・・すみません・・・あのっ・・・・・・全然出来なくて・・・」


龍護は一旦落ち着かせる。

漸くジェーラスが落ち着いて本題に入った。


「一応理由は分かってんだ」

「あの・・・教えて・・・くれますよね・・・」


まぁな。と龍護は軽く返す。


「多分だけどさ、ジェーラスは俺が教えた通りにやったんだろ?」

「はい」

「少しだけやり方を変えてほしいんだ」


龍護は、次は最初に作った槍を小さくして複数作ってみて。とジェーラスに指示を出す。

分かりました。とジェーラスもやってみるようだ。

その間に友姫達を見てみる。

友姫と白は直感で、雫は紙とペンで理屈っぽく、野武はだらけた教師のように指導していた。


(なんというか・・・心配しかねぇな・・・)


雫はともかく友姫や白の直感的指導には心配な面が多い。

そもそもなんで生徒同士で魔法の授業をしてるのか?と疑問に思う龍護。

教師はどこか見てみると5人の教師がそれぞれ見て回っているようだ。

そして行き詰まった生徒を指導する。というような感じだ。


「どうしました?」


突然声を掛けられて振り向く。


(げ・・・)


佐野先生だ。

そして本人に至ってはキョトンとしている。


「奪木君?どうしました?」

「あぁ、いえ・・・そういえば聞きたかったんですけど、この授業って教える側と教わる側が見たら偏りありません?」

「実を言うとそうでも無いんですよ」

「え?」


佐野が指を差す方向を見てみる。

そこには4人で何か話し合っている男女の生徒がいた。


「ああやって、お互いの不得意分野や苦手な事に足を踏み入れる事で、知る事が出来なかった事や、意外な発見、自分の魔法への転用性を得る場合もあるのです」


なるほどな・・・と若干は納得出来た。


「貴方とラジネスさんには期待してますよ」

「・・・程々でお願いします」


それではこれで・・・と佐野先生は他の生徒の様子を見に行った。


「出来ました!」


ジェーラスが完成した事を龍護に伝える。

良く見ると一回り小さな槍が3本、ジェーラスの周りで浮いていた。


「ですけど、なんでさっきは出来なかったんですか?」

「う~ん・・・説明するとだな・・・最初の大きい槍に使った魔力の合計を9として今、ジェーラスの周りを漂ってるのはそれぞれ3なんだよ」


龍護の言われた事にハッ!とするジェーラス。

仮に最初に作った大きい槍の使用魔力量を9としよう。

そして以前龍護が教えた魔法の方法のまま3本全てをやってしまうと──────


9+9+9=27


となり、使う魔力の合計は27と3倍なってしまう。

もしも魔法適正のCの上限が9だとしたら魔力は完全に振り切っている。

そこで教えたのが魔力の分散による複数出現。

合計で9にすればいいので今回はそれぞれを3分の1にしただけなのだ。


「まぁ、簡単に言ったらこうだな」


後は個人の総魔力の差だ。と苦笑気味に言った。

だがジェーラスにとっては先程の説明でかなり分かりやすかったようで龍護を尊敬の眼差しで見ていた。


「凄いです!先輩!」


ジェーラスがキラキラした目で龍護を見ている。


「魔力を分散、そして複数の魔法を実行する方法を数学的に捉えるなんて・・・先輩は天才ですよ!」

「えっ・・・いや・・・」


・・・正確には前世でのファンタジー小説の内容が今回の問題解決のヒントになったのだが、これを言ったら変な目で見られるのは確実なので龍護は黙っておくことにした。

龍護はその後、個人的に疑問に思っていた事をジェーラスに聞くことにした。


「・・・なぁ、ジェーラス」

「ネストでいいですよ」

「それじゃあネスト」

「はい」

「お前・・・・・・名家の出身だろ」


龍護のその一言にネストはビクッと反応する。


「無言は肯定を意味するぞ?」

「・・・」


答えられなかった・・・いや、答えたくなかったの方が正しいのだろう・・・


「先輩・・・この後空いてますか?」

「・・・まぁ、一応」


ネストは放課後に校舎の裏側に来て下さいと龍護に頼む。

そこでチャイムがなり、午後の授業は終わって解散となった。



◇◆◇◆◇◆



帰り支度を終えた龍護は指定された所に行こうとしていた。


「あれ?リューゴどこ行くの?」

「ちょっと後輩に呼び出された」

「すぐに終わる?」


恐らくな・・・と言おうとした所でピタッと止まる。

ネストの項に紋章があったのを思い出したからだ。

何か情報を聞き出せるか・・・?と考える。


「いや・・・先に帰ってろ」


は~い。と友姫は軽く返事をして鞄を持って出ていった。



◇◆◇◆◇◆



すでにネストは来ていた。

龍護を見つけて一礼する。


「早かったですね」

「ま、帰り支度だけだったしな」


この言葉を境に沈黙してしまう。


「授業で言われたように・・・私はブラジルのジェーラス家の中子です・・・」

「そしたらクラスメイトにバレるだろ」

「いえ、担任にはそちらの出身である事は伏せておいて下さいと頼んでおいたので大丈夫です」


そっか・・・と龍護は校舎に寄りかかる。


「・・・なんで日本に来た?」

「・・・」


ネストの顔は泣きそうで・・・そして、悔しそうだった。


「ジェーラス家の事は知ってますよね?」

「確か・・・魔法適正が今までAから下は・・・あっ・・・」


龍護はネストと会った最初の時間を思い出す。


『お前、魔法適正は?』

『・・・Cです』


Cと言っていた。

つまり


「お前・・・厄介者扱いされたのか・・・」

「・・・っ」


龍護の何気無い一言はネストの心に刺さり、ネストは手をギュッ・・・と握り締めた。

その様子を見て咄嗟に謝罪する龍護。


「先輩は・・・どう思いますか?やっぱり私ってむの」

「別に魔法適正なんかどうでもいいだろ」

「・・・え?」


龍護は面倒臭そうにハァ・・・と溜息を付く。


「『魔法適正がA越えです』だったらなんだよ?それで魔法が上手く使いこなせないんなら意味が無ェ。適正ってのは目安だろ?ならその適正内で出来る事を見付けてやりゃあいいんじゃねぇの?その証拠にお前はもう複数の魔法を発動出来てんじゃねぇか。A越えで複数出せるヤツなんかあんまりいねぇぞ?」

「けど・・・」

「つまり、お前んとこの親父は”魔法適正がA越えなら魔法は使いこなせなくても問題ない”って言ってんのか?」


龍護の言った事にネストはハッとした。

確かにネストの父親は魔法適正と属性ばかりに拘り、その中身を見ていない。

結局の所、


・先祖代々、魔法適正がA越えである。


・闇属性が使える。


この2点が重要なだけであり、魔法自体が云々では無く、その表面しか見ていないのだ。

そして龍護の言葉にネストの中で戸惑いが生じてしまった。


「先輩・・・私は・・・どうすれば・・・?」

「どうこうもなにも、やりたいようにやりゃあいいんじゃねぇの?どうにかしてお前のその魔法を見せ付けて、Aランク、Sランクを押し退けて勝ち残ればお前の家族だって認めざるを得ないだろ」


龍護の言葉に心を打たれる感じがした。

そうだ・・・自分の全力を持って本気で挑んで認めさせればいいのだ。

ネストの中で決心が強くなる。


「先輩」

「ん?」

「私を・・・もっと強くして下さい!」


ネストは凄い速さで頭を下げる。

恐らく、ネストの中ではかなりの決心なのだろう。

それを跳ね除ける程、龍護も外道では無い。


「明日からビシビシ行くぞ」

「はいっ!お願いします!龍護先輩!」


あぁ、それと・・・と龍護が話題を変える。

龍護の本命はこちらだ。


「【七天龍の遊戯】って、知ってるな?」

「・・・はい」


ネストは知っているものの、紋章を見た事は無いらしい。

それもその筈だ。

ネストの紋章はうなじにある。

物理的に見る事は不可能だ。

龍護は、ちょっと後ろ向いて髪を纏めて上げて?とネストに頼む。

本人が言われたままにするとそこには紛れもない龍の紋章。

その色は紫色だった。


(紫色っつーと・・・【嫉妬】か?)


龍護が本人に見せる為、スマホで写真を撮る。

もういいよ。とネストをこっちに向かせて写真を見せた。


「まさかそんな所に・・・」

「見付けたのは偶然だ。お前が複数の魔法を出現させてる時に見付け・・・なんだよ?」


龍護が魔法を使ってる後ろで見ていた事を告げた瞬間にネストの目がジト目になる。


「・・・先輩ってそういった趣味があるんですね・・・」

「待て待て待て!?どこをどう解釈してそうなった!?」

「いえ、魔法を見てくれてるのかな?と思ったら女性のそういった所を見て興奮して欲j」

「違うからな!?偶然だっつってんだろ!?」


龍護の必死な弁解にネストがクスッと笑う。

冗談ですよ。といたずらっ子のように笑っていた。

お前な・・・と龍護は頭を掻く。


「聞きたいのは奪取の時の呪文だ。お前は聞いてないのか?」

「え?聞いてますよ?確か・・・【我が元に集え】でした。というか参加者全員が聞いたと思うんですけど・・・」


なぜ俺には聞かされなかったのか・・・?疑問が浮かぶ龍護。

1つだけいい考えが浮かび、ネストにしていいか?と聞く。

ネストは構いませんよ?と了承して龍護は壁側にネストを立たせ、ある事を始めた。


「これ・・・意味あります?」

「さぁな・・・でもやらないより、やる方がいいだろ?」


それはそうですけど・・・と口篭るネスト。

そろそろ帰ろうぜと龍護が言って、お互いに帰路に着いた。



◇◆◇◆◇◆



「ふぅっ!」


ネストがボフッ!と音を立てて布団へ横になった。

だがその顔には笑みが見えている。


「私・・・変われるかな?」


龍護に魔法を教わり、家族に認めてもらう。

目標は出来た。

後はそれに向かって浸走るのみ。


「明日から頑張ろっ!」


ネストは意気込んで夕食を食べ、来週の授業に備えるのだった。

だがネストは自分が魔法を習得する理由にもう1つの理由が増えたのに気付く事は無かった。



◇◆◇◆◇◆



『ネスト・ジェーラスが【嫉妬の龍】の所持者か・・・』

「えぇ、情報とかってあります?」


少しはね・・・とテレビ電話越しにスヴェンがノートパソコンを出してファイルを開く。

どうやら嫉妬の龍の能力は”対象を自らの中にある空間に閉じ込める”・・・いわば監禁の類のようだ。

嫉妬は相手に対する感情だが、独占する事も含まれるらしい。

対処法としては友姫の【怠惰の龍】の能力無効化が最適だろう。


『そういえばジェーラス家というと”あの”ジェーラス家かな?』

「そのようですよ」


あれ?そしたら地元に名門校があるだろう・・・?とスヴェンも龍護やその友人達が思った事をそのまま言っていた。

龍護はスヴェンにネストの事情を説明する。

それを聞いた途端になるほど・・・と納得せざるを得ない感じに見えた。


『私としてはなんとも言えないね・・・』

「まぁ、向こうの家庭事情に足を突っ込むのもどうかと思いますし・・・」


それもそうだね・・・とスヴェンと龍護は割り切る事にした。


「そういえば何時頃こっちに来られるんです?」

『会議が滞っててね・・・と言うよりまだ帰ってこられないかな・・・また別の会議が入ってしまってね・・・サニーの社長となんだよ』

「・・・合併する気です?」


どうだかね・・・とスヴェンも悩んでいるようだ。

その後、友姫と沙弥の様子や新しく雇い入れた八坂雪菜の様子はどうだい?と聞かれ、友姫は元気にしてますし、雪菜さんは今、両親に就職先が決まった事を伝えに帰ってる事を伝える。

まぁ、そっちはそっちで頼むよ。と言われ、分かりました。と返す。

それじゃあね。とスヴェンとの通信を切った。


「ふぅ・・・」


龍護が椅子の背もたれに体重を乗せるとギシ・・・と鳴った。

そして物思いに耽っている。

というのも何か胸騒ぎがしていたのだ。

喜龍学園は基本的に・・・というか今までも中学生の留学生を受け入れた事は一度も無い。

喜龍学園に留学生で入れるのは高校生のみで外国の中学生は地元で日本語を学びながら好成績を残し、喜龍学園にエントリーが普通であり、例外は存在しない。

そして校則が改定された可能性も低い。

そのような場合は全校集会が開かれ、資料集を配布される筈だ。


(なんか嫌な感じだな・・・)


友姫に呼ばれて思考を中断し、龍護は友姫の元へと向かった。

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