第16話 ネスト・ジェーラス

「じゃ早速始めようぜ」

「・・・はい」


龍護はまず土の壁を作ってくれと言う。

ジェーラスは頷いて両腕を伸ばし、両手を前にして広げ、目の前に高さ1m程の土壁を作った。

だが少しずつヒビ割れを始めて遂に砕けてしまう。


「・・・」

「・・・・・・ごめんなさい」


その表情はかなりの苦痛に満ち、手もギュッ・・・と握り締めていた。

ふむ・・・と龍護が考え始める。



最初は良かったのになぜ、崩れてしまったのか────────



最初の出たしはかなり良い、だが実際に崩れてしまった。

崩れるということは内部がしっかり出来ていないということだ。

ならば・・・と龍護の頭の中で提案が浮かぶ。


「ジェーラス・・・でいいか?」

「・・・どちらでも」

(・・・ちょっと気難しいタイプかな?)


まぁ、それでもいいか・・・と割り切った。


「ちょっとさ、俺が言った方法で試してみて?」

「・・・はい」


龍護が言った方法とは────


・まず、余裕で出来る程度でいいから空洞の土の壁を作る。


・次に中の空洞を土で一杯にするイメージをしながら魔力を込める。


この2つだ。


なにか変わるのだろうか?と疑問に思うジェーラスだったが試しにやってみると次の土壁は最初より20cm低い壁だったが、崩れずに立っていた。


「嘘・・・!?どうして・・・!?」

「・・・お前、魔法適正は?」

「・・・Cです」


だろうな・・・と龍護は知っていたかのように告げる。


「言っちまうとお前は最初に詰め込みすぎなんだよ。小せぇ穴に中身がパンパンに詰まったデケェ棒をを無理矢理入れようとしても入らねぇだろ?それと同じ事をしてたんだよ」

「・・・どういう意味ですか?」

「俺から言わせるとさ、正直言うと魔法適正ってのは電気でいう抵抗みてぇなモンだと思うんだ」


龍護が言う通り、魔法適正で魔法の威力が落ちるのは魔力の通しやすさを表している。

適正が低い程、魔法を使う時の流れは鈍くなり、適正が高ければ魔法は使いやすくなる訳だ。

龍護はジェーラスにやらせた方法は穴の空いたコインとパイプに例えると────


・まず、コインの穴に入るパイプを通す。

このコインの穴は魔法でいうと魔力を放出する制限を表している。


・次にそのパイプに水を流し、放出する。

そこにリミッターギリギリに魔力を流してやればパイプは壊れずに水は綺麗に出来るという訳だ。


だがジェーラスが最初にやった方法は────


・水がダダ漏れのサイズが合わないパイプをそのままコインの穴に通すという方法。


これだと魔力を無駄に消費する他、下手をすれば魔法が暴発しかねない。

つまり、龍護はこの短時間でジェーラスにリミッターの付け方を身に付けさせたのだ。


「どうだ?」

「・・・」


ジェーラスはポカーンとしている。


キーンコーンカーンコーン


午前の授業が終わり、昼休みとなる。


「そうだ、昼食一緒にどうだ?」

「・・・はい!」


心做しかジェーラスの声は喜んでいるように聞こえた。



◇◆◇◆◇◆



食堂では既にいつものメンバーに付け加え、それぞれの担当する中学生が隣同士で座っていた。


「お前ら早いな」

「アンタが遅いんでしょ?あれ?その後の子ってアンタの教えてる子?」

「まぁな。・・・猫被んなよ?」

「今すぐ強化魔法使ってぶん殴ってあげましょうか?」


ピキピキと白は額に青筋を立てる。

相変わらずの白と龍護のやり取り。

だが軽口を叩けるという事はお互いに実力を認めた上だからこそなのかもしれない。


「私は北野白。こっちにいるのは双子で妹の雫。こっちにいる金髪の子は友姫・S・ラジネス。こっちの男子はオタクのモブよ」

「何で俺だけオタクにモブっていう酷い紹介なんだよ!?普通に野武でいいだろ!?・・・っと本名は安達野武な!・・・んで君の名前は?」

「・・・ネスト・・・ネスト・ジェーラス」

「そっか!ネスト・ジェーラスか!・・・・・・ん?ジェーラス・・・?ってぇと・・・え!?まさかあのジェーラス家!?」


ジェーラスが自分の名前を言った途端にその場にいた龍護以外が驚いていた。


「・・・どうしたお前ら?」

「馬鹿!アンタこそなんでそんな風に出来るのよ!?ジェーラス家よ!?あの名家中の名家のジェーラス家よ!?」


白が興奮気味に言うが龍護はピンと来てないようだ。

雫がスマホを出して龍護を呼ぶ。


「どした?」


雫が龍護に画面を見せる。

その画面にはジェーラス家の事が詳しく書かれていた。

さすがにこれは龍護も驚く。


「俺・・・代わってもらお」

「ハァ!?アンタ本気!?名家の子の面倒を見れるのよ!?」

「いや・・・だって・・・ハードル高ぇもん」


龍護がそう言いながら空腹を感じて食券を買いに行こうとした時だった。

不意に誰かに制服を掴まれる。

掴んだ者はジェーラスだった。


「えっと・・・ジェーラスさん?」

「あ・・・いえ・・・すみません・・・私・・・そのジェーラス家の人では無いんです」


ジェーラスは名残惜しそうにしながらもその手を離し、そう告げた。

その言葉に白達はキョトンとしていた。


「・・・あ、そっか。ジェーラス家の所って地元に名門校あったわね」

「あ~マジビビった・・・でも本当に名家のジェーラス家なら今年の学園マジで凄かったな~・・・何せ、ジェーラス家の全員が魔法適正がA超えだしな。そんな人が来ちまったら学園のパワーレベルおかしくなるぜ?」


野武と白の言葉に一瞬ピクリと反応したジェーラス。

だが気にしてないフリをして龍護と一緒に食券を買いに行った。

だが龍護は買いに行く途中、ジェーラスが言った事が嘘だと、その表情から気付く。

そして同時に1つ疑問に思った事がある。


なぜ、地元の高校に行かなかったのか─────


ブラジルにも名門学校は存在する。

なのにそこに行かなかった。

いや、言葉を変えるなら


行かせてもらえなかった─────


この可能性が高いと龍護は見た。

食券を買って品物と交換する。

ジェーラスも食券を買って品物を貰い、先程の所へ戻り食べ始める。

昼休みが終わり、生徒達は午後の授業に戻っていった。



◇◆◇◆◇◆



借りている寮に戻ったジェーラスは鞄を放り投げて布団に身を投げる。

今日の合同授業の事を思い出していた。


「龍護先輩・・・」


自分を見捨てずに能力を高めてくれた存在。

学園内ではSランクとして有名な人だ。

そして闇属性と光属性の魔法の持ち主でもある。

もしも龍護がジェーラス家に生まれてたら蝶よ花よと崇められ、大事に育てられていただろう。


ジェーラス家。

この世界における名家の1つだ。

この家の特徴としては今迄の家系の魔法適正がA超えである事と闇属性の魔法が使えるのが特徴だ。

使える魔法の属性は遺伝ではないがこの家だけは全員が闇属性を持ち、魔法適正がA超えだった。


ただ1人の女の子、ネスト・ジェーラスを除いて─────


ネスト・ジェーラスは魔法適正がCで生まれてきた。

最初、ネストの父親は母親の不倫を疑った。

だがDNA検査においてネストは父親と母親である事が確かとなった。

その時の両親、兄弟、親戚から受けた失望の目はネストの心に深く突き刺さった。

父親はどんな理由かは分からないがネストに日本語を覚えさせた。

中学校の後半、高校を決める進路で父親はジェーラス家の恥として地元の名門校に入る事を許さず、日本にある国立喜龍学園に無理矢理入れさせた。

その時に知ってしまったのだ。


自分の父親は地元から引き離し、日本に行かせる為に日本語を覚えさせたのだと────


ここは地球と似通っているが魔法が使える異世界。

魔法のない地球・・・所謂パラレルワールドの為、法律であっても部分的に違ってくる。

本来の日本の法律であればネストの場合、留学は出来ない。

その違いによって今の悲劇は作られたのだ。

そして卒業して実家に戻るなら条件を揃える必要があった。

その条件は────


中学、高校の計6年間、クラスと学年の順位でトップを取ること。


もしも達成出来なかったらネストを勘当すると父親は本人の目の前で言い放った。

当然ネストは無理だと言った。

だが父親は耳を傾けてはくれなかった。

結局ネストは国立喜龍学園に入学。

ただ、学園は日本。

ジェーラス家はブラジル。

さすがに一人暮らしは辛いだろうと最低限の仕送りはするとの事。

そしてネストは国立喜龍学園に来たのだ。

だがネストは女子。

かなりの不安に駆られてしまう。

その上ジェーラス家となると地元であれば周りからは期待の目が向けられる。

ネストにとっては苦痛でしかなかった。

だが父親は日本の喜龍学園に入学させ今に至る。


ピリリリリ・・・ピリリリリ・・・


ネストの持つスマホに着信が入る。

父親だ。

立ち上がって電話を繋いだ。


「・・・はい」

『私だ。学園の方はどうだ?』

「なんとか・・・やれています・・・」

『まぁ、それくらい出来なきゃジェーラス家にとって恥だからな』


再びネストの心に見えない傷が刻まれる。


『中学生の時の全ての成績はトップ・・・今の所は約束は守られているようだな』

「・・・はい」

『まぁ気を抜か無いようにな。もしもトップから落ちたら勘当だからさぞかし大変だろう』


父親の心無い言葉に、ギリ・・・と奥歯が砕けそうになるほど力が入る。


「・・・気を付けます」

『分かればいい。また掛ける』


プッ・・・ツーツーツー・・・


電話が切れた途端にネストを脱力感が襲い、ダランと腕が重力に引っ張られる。

そして目から涙が溢れてきた。

それを枕で拭う為に再び布団に倒れ込む。

顔を枕に埋めて精一杯叫んで泣いた。

悔しくて涙が次々に溢れ出し、止めることすら出来ない。


「私だって・・・好きでCになった訳じゃないのに・・・!!!!」


ネストの心は既にズタズタだった。

無理も無いだろう。

父親・・・肉親や兄弟、親戚から冷たく突き放されているのだ。


『ネスト、お前は他の事をやっていろ』、『姉さん、魔法の練習したいからどっか行って』、『全く・・・これすら出来ないとはね・・・』、『落ちこぼれが僕に口出しするな!』


今まで言われてきた事がフラッシュバックして、更にネストの心にダメージを刻み込む。

今までは魔法は座学のみだった為、騙し騙しでやってこれた。

だが高校からは違う。

高校からは実技も入ってくる。

とすれば必然的に魔法を実際に扱う必要があるのだ。

ジェーラス家という理由もあって注目されるだろう。

それに自己紹介の時に、既に名家のジェーラス家ではないと、個人的に質問しに来た者達にはそう言って騙していた。

唯一の救いはジェーラスという苗字を持つ家が他の国にあること。

ブラジルにあるジェーラス家はネストが生まれたジェーラス家のみ。

そしてブラジルには名門校がある。

普通ならその地元の名門校に行くはずだから自分がその名家だとバレる心配はほぼ無い。

ただもしもがあったらジェーラス家としてネストは正真正銘の恥晒しになってしまう。

どうすればいいか・・・

ふと、頭にとある提案が浮かび上がる。



龍護先輩に実力を伸ばしてもらおう。



明日も合同授業はある。

その時に龍護に自分の魔法の実力を高めてもらおうと心に決め、夕食を終えてから眠りについた。

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