第4話 アルバニア戦役開戦

 マシューは、リズに銃口を向けた。


 乱戦の中、彼の銃口から伸びる射線が視えた彼女は、まなこを大きく見開き驚いた。


 大陸の中央に領土を持つライフニル帝国は、豊かな南部の土地を求め自由国家連合と奪い合い、長期に渡る争いを繰り広げている。


 自由国家連合は、自由と民主主義という大義を掲げ、帝国はそれを、堕落した金の亡者と批判した。


 一方、大陸の北東部、極地に面して領土を有するコルド王国は、凍らない土地を夢見て、自由国家と手を結ぶ。


 帝国の領土を奪い、暖かい南への足掛かりとする。


 王国は豊かな未来を夢見て、帝国に宣戦布告した。


 アルバニア戦役の勃発だ。


 先に攻め込んだのは、帝国だった。

 諜報部の活躍で情報を掴んでいた帝国は、王国の宣戦布告と同時に侵攻を開始。

 最も手薄なアルバニア森林が雪で閉ざされる前に制圧し、その後、近隣の王国の都市を攻め落とす。


 電撃侵攻作戦を決行した。


 作戦が成功すれば、年明けに、王国との外交を有利に進める目的だった。


 アルバニア森林での戦いは、思わぬ抵抗に遭い、最初の一歩からつまずいている。


 帝国の想定より、王国は森林に深く侵攻していたのだ。

 彼らも、又、宣戦布告を単なる形式と捉え、進軍を開始しており、しかも、国境を超え、帝国側に、領域の設置も既に済ませていた。


 帝国にとって、それは誤算だった。


 容易く達成されるはずだった、越境すらできない……


 王国にとっても、帝国の進軍は、想定以上に早かった……


 両国は、つまらない意地を張り、戦力を次々に投入した。



 大陸歴1894年11月15日、午前11時5分、


 帝国北東方面軍所属、コルド王国攻略部隊、第三班が、王国の領域を発見。

 その一報を、決死の覚悟で無線報告した。

 その後、戦闘状態に移行する。

 攻略部隊指揮本部は、直ちに、戦力をそこに、集中投入する事を決定した。


 異論があるが、これが、アルバニア戦役の勃発した、日時だと、多くの帝国歴史家が主張する。


 同年、11月18日、午後4時、


 開戦から三日経ち、

 日が沈もうとする今も、森林の中では、激戦が繰り広げられていた。


 マシューの向けた銃口に、リズは瞳を大きく見開いた。

 彼の魅せた射線は、彼女の手前で鋭く曲がり、敵兵の眉間を見事に貫いた。

 弾丸に込められた魔力も、その射線の変化も上級クラスの恥ずかしくない腕前だ。

 三日に渡る激戦が、彼を大きく成長させていた。


 リズは襲ってきた敵兵に肘を入れ、小刀アサルトナイフで首の動脈を斬り、止めを刺した。

 彼女の死角から片刃刀サーベルが向かってくる。

 瞳は、その軌跡を捉えており、僅かに身体を傾け移動する事で空を切らせた。

 彼女が反撃に転じる前に、マシューが片刃刀の持ち主を撃ち抜いた。


 リズとマシュー、エドガーとダグラス、二人一組でコンビを組み、グラハム班長達四人の周りを縦横無尽に駆け回る。


 リズとマシューの息も合いはじめ、布陣は安定していた。


 森林を巨大な熱風が駆け抜けた。

 薄暗くなった空が赤く染まる。


 敵が広域殲滅魔法を行使したのだ。


 何人の味方が吹き飛ばされたのだろうか?

 ただ、死人が出たのは確実だ。


 しかし、規模は、まだカテゴリー(二)と小さい。

 広域殲滅魔法は、その規模により、五段階のカテゴリーに区分される。


 三年前、南部戦線で自由国家連合が発動させたのはカテゴリー(四)、半径五百メートル以上の殲滅領域を持っていた。


 カテゴリー(二)は、百メートル以下で、戦地にいる友軍の要請で発動させるので、最も多用される。

 カテゴリー(一)は、領域を活用しない殲滅魔法、つまり古典魔法の事。

 カテゴリー(五)は、千メートル以上の超巨大殲滅魔法で、人類は、それを未だに体験していない。


 笛の音が辺りに響く、撤退の合図だ。


「日が暮れる前に外に出るぞ!」

 第一班は、陣形を小さくして、領域の外を目指す。

 途中、別の班と合流した。

 彼らは腕章を付けていた。そこに縫われた数字は、二桁だった……


「中衛の奴らも出てきてのか……」

 班長は、苦々しく呟いた。

 中衛が、前衛に出張ってきている、それは、かなり苦戦している証拠だった。


 魔法を行使した術者は、領域の外にいる。

 近くて領域の外、数キロ、特級の魔力を保持する魔道士なら数十キロ先からでも行使してくる。


 魔術は、標的を魔力で正確に認識し、その場所をしなければ行使できない。


 それは、古来からある魔法の常識だ。


 視力の及ばぬ先に魔力を行使させるのは、おとぎ話の魔法使いしかできない。


 だが、それを可能にしたのが、魔石技術と電気科学の融合が生み出した領域確保技術だ。


 その技術の恩恵で、遠くいる魔道士は、領域内に割り振られた座標に、正確に魔術を行使する事ができる。


 つまり座標は視認と同じ効果を術者に与える。

 ただ、魔術を発動させるのに上級以上の魔力と、領域を認知する能力も必須だった。

 両方、兼ね備えている者は、稀だ。

 当然、砲台となる魔道士の数は限られていた。


 遠くの方で、爆音が響く


「サイモン、煙草をくれ」

 班長は、オイルライターを握っている。


「もう、無いすよ」

 サイモンは、両手を広げ、枝の隙間から覗く深い藍色の空を見上げた。


 第一班は、領域の外、安全地帯に到達した。

 いつもなら、ここで、野営をする。


「ダグラス、残弾はあるか?」

「班長、そろそろ限界です」


「ちっ、サム! 通信の準備だ! 補給するぞ!」

 班長は、オイルライターの火を付けた。

 グラハム班長の土と汗で黒く汚れた顔が照らし出された。

 班員達も、皆、汚れている。


 パチン……、

 短い金属音を立て、オイルライターの蓋が閉じられる。


 炎が消えて、闇の世界が出現した。


 通信が終わると、班長は、地図で場所を確認して、自らが部隊を先導して、歩きはじめる。


 第一班は、暗闇の中、コンパスと歩幅を頼りに再び移動を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦火の少女 小鉢 @kdhc845

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ