第3話 胸騒ぎ

 先頭のリズが片手を上げ立ち止まり、何処かを指差している。

 彼女の小さな指の先には、開けた場所にある岩場があった。


 班員に緊張が走る。


 第一班を率いるグラハム班長は、

「おい、サイモン」

 と班に所属する唯一の索敵士を顎で呼んだ。


 サイモンは返事をせず、その代わり、慌てて目をつぶり周囲を探りはじめた。


「てめぇ、また、さぼってやがったな」

 グラハム班長は、低い声で彼を睨むと、

 班員達に、隊列を崩し、岩場を警戒するように手で合図を送る。


 マシューは、肩から小銃を降ろし、他の面々も、各々の武器を構え姿勢を低くする。


 当のリズは首を傾げ困惑した様子だ。

 彼女は、グラハム班長と目が合うと、口を大きく開け、食事をとる仕草をし、もう一度、岩場を指さした。

 マシューは、その可愛いらしい仕草を見て、小銃を肩に掛け、表情を作り腹を抑え彼女を援護する。

 他の班員も懇願の目でグラハムを見ている。


 彼女は休憩を提案しているのだ。


 グラハムは、腕時計の傷つき汚れたガラスから覗く針を、しかめ面で読み取ると、

「ちっ、てめぇら、たるんでねぇか」

 と微笑んだ。


 時計の針は、昼時を指していた。


「サイモン、周囲は安全か?」

 グラハムは、さぼり癖のある索敵士に確認をとる振りをする。既に、皆は、岩場の方へと足を向けていた。


「班長、問題ありませんって、ちょっと、待ってください!」

 サイモンは、索敵を完了させると、グラハム達を後ろから慌てて追いかける。


「てめぇ、その内、失業するぞ」

 グラハムは、後ろから聞こえる声に、振り返らずに早く来いと、片腕を振り背中で返事した。


「おい、索敵ができるのか?」

 岩場に向かいながら、マシューはリズに話し掛けた。


「サイモンみたいには出来ない」

 前髪に隠れた澄んだ瞳と目が合った。


「じゃ、勘か?」

 岩場を目で追いながら、腰掛けるのに手頃な岩を探している。


 リズは、自らの耳を指差し、次に前髪をかき分け、瞳を指差した。


「魔力を体内に循環させるのは得意だから、目と耳を強化すれは、サイモン程じゃないけど分かる」


 身体強化? それで、感覚まで鋭くなるか……

 彼は、筋力は強化できるが感覚の方はさっぱりだ。


 それよりも、マシューは、かき分けられた前髪から現れたリサの瞳をかがんで覗き込む。


 綺麗な瞳だ……


「お前、前髪切れよ、もったい無いぜ」


「なっ」

 リサは慌てて前髪で瞳を隠す。


「マシューさん、リサをナンパしないで下さい!」

 駆け寄ってきた衛生兵のマーガレットが、リサに抱き付き、いーっと口を尖らせマシューを睨む。


「マーガレットさん、違いますよ!」

 大袈裟な手振りで、必死に否定するも、マーガレットには、届いていない。


 森が開けて、岩場に到着した。


 そこには巨大な岩が折り重なるように集まり、その先には切り立った崖が見えている。

 陽射しを遮る枝が無いので、暖かくて心地良い。


 岩場に着くと、班長が、

「休憩は、十五分だ! 急いで、飯を食え。その後、サムが本隊と通信をする」

 と宣言した。


 本隊との定時連絡は重要だ。


 正確な位置を伝え、情報を得る。

 これを、怠れば、部隊は孤立し、全滅する可能性が高くなる。


 ただ一つ問題がある。

 無線機が発する魔力の大きさだ。


 電気工学と魔石技術の結晶である無線機は、起動魔力も大きく、特に、そこから発せられる電波は、初級の索敵士ですら容易に感知する。


 無線機の使用は、戦場で大声を上げ居場所を知らせるような行為だった。


 だから、定時連絡は、最後連絡から二十四時間以内と定められている。

 それを超えると事務的に全滅と判断されてしまう。


 休憩が終わり、通信士のサムが地面に降ろした無線機を起動させる。

 彼は無線機から伸びたコードの先に付いたスピーカーに耳をあてて、音を拾い、そこから正しい周波数をダイヤルで調整しながら、探し出した。

 お互いの周波数が合うと、通信がはじまり、班長がサムを介して、本隊と情報を交換する。


 手早く通信を終わらせると、

「三班が、敵の領域を発見した、前衛部隊は、そこに集合して争奪戦を開始せよ、との命令が下った」


 班長は、地図を広げ、皆に場所を指し示した。


 隊列を組み、急いで岩場から離れ、指定された戦場を目指す。


 その際、射撃手を務めるベテランのダグラスが、マシューに側にくると小さな声で耳打ちした。


「リズは戦奴だ。あいつらに気を許すと後悔するぞ」

 彼は、リズの後ろ姿に目をやると、地面に唾を吐きかけた。

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