殺人予告

薄暗い一室で0と1を追いかける

情熱と悲哀を持って尊敬するのは

先人たちの血と涙と努力と喪失

キーを叩く音だけが響き

外から聞こえる呼び声は無視をした

少し経てば無くなる声

きっとそれは憤りと悲しさを持ち合わせているはずだ

何十年分の失望


そんなある日のこと

電子掲示板に書いた殺人予告に

「誰か」が反応してくれた

数秒、思案して返信する

その「誰か」は殺人を請け負ってくれるらしい

是非にと頼み、住所を教えた

相手は己の特徴と揃えておいて欲しいもの

人が入るくらいの大きな水槽か浴槽をベランダに用意するよう言われた

全ての準備が終わったところで連絡した

一時間程で家に着くという

しばし

訪問を告げるチャイムに扉を開けると現れたのは女性であった

なんとなく「よかった」と口にすると女性は小さく笑い

「準備はできていますか」と言う

「はい」と答えて家に招き入れた。リビングの机に並べられた必要なもの

ベランダに設置した棺桶のような浴槽

お茶も飲まず、彼女は持ってきた何かを満遍なく浴槽に敷き

「どうぞ」と言った。一応、お気に入りの服を着ていた俺は

アトラクションに乗る子供の気持ちで浴槽に横たわった

よくよく見れば女性は人生で見てきた中の顔で可愛い部類で

とても殺人を請け負うような人間には見えなかった

色々な人がいるものだなあ、と思っていると

「では」と彼女は注射器を取り出して俺の腕に刺した

刺して「死ぬまで手を繋いでますね」と脈を計るように手を取った

母親以外の女性と手を繋いだのは初めてだなあ、いい思い出だ

彼女の顔を見ながら色々と思い出して眠くなる

歪んでいく視界の中、彼女は玄関先で迎えた時の笑みのまま

俺を見送ってくれた

こうして俺は殺人予告を完遂したのである

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