斬られ役、鬼将に挑む(後編)


 107-①


 さっきの一撃で分かった……目の前の敵は、恐るべき相手ではない……が、決してあなどるべき相手ではない。


 武光の一撃を弾き返したザンギャクは、そう思っていた。

 さっきの一撃……もし自分の頭に生えているのが《黄金角おうごんかく》でなければ、角ごと頭をかち割られていただろう。

 目の前の敵は平然と汚い手を使ってくる卑怯者だが……卑怯なだけではあのボウギャクや何十という手下共を殺るなど到底不可能だ。


「ククク……どうした? かかって来いや!!」


 敵が狡猾で邪悪な笑みを浮かべながら挑発してきたが、ザンギャクは易々と誘いには乗らなかった。

 ……奴はさっきからチラチラと足元を気にしている。きっと何か罠がしかけてある。

 ザンギャクは気を引き締め、右手の蛮刀をきつく握り締めた。

 

 一方の武光はと言うと……


(うぉぉ……やっばああああああああーーーーー!!)


 渾身の一撃を弾き返された武光は、あせりまくりだった。


 目の前の敵は、恐るべき相手である……決して侮るべき相手ではない……と言うか、そもそも敵を侮って良い程、俺は強くない。ここは先生とミトの到着を待ち、三対一でボコるのだ。

 

「ククク……どうした? かかって来いや!!」


 武光は、役者として日頃から練習している《狡猾で邪悪っぽい表情》を作りつつ、さりげなく足元を気にして、いかにも罠があるかのように見せる小芝居も挟みつつ、挑発してみたりもしつつ……何とかリョエンとミトが到着するまで時間を稼ごうとしていた。


(来るなよ来るなよ……よーし……警戒してる警戒してる……って言うか先生は!? ミトは!? 頼むから早よ来てくれええええ!!)


 107-②


 睨み合うことおよそ10秒、先に動いたのはザンギャクだった。


「グオオオオッッッ!!」

「くっ!!」


 武光の小芝居により、武光の足元付近には罠があると踏んだザンギャクは、それを避けるべく蛮刀を振りかざして勢い良く跳躍し、上から武光に襲いかかった。そして、それを読んでいた武光は姿勢を低くしてザンギャクの下を走り抜けた。


 二人の立ち位置が入れ替わる……刹那せつな!!


「グオァァァッッッ!!」

「でやあああっっっ!!」


 地面に着地したザンギャクと、ザンギャクの足元を走り抜けた武光は、振り向きざま、同時に剣を薙ぎ払った。


「………ぐっ!?」


 ザンギャクの蛮刀は、片膝立ちになりながら剣を振るった武光の頭上を通り過ぎ、武光の魔穿鉄剣は、ザンギャクの胴を裂いた。


(浅いっ!?)


 一撃を加えたものの、斬った時の感触から深手を負わせたわけではないと悟った武光は間髪入れずに右斜め前方……ザンギャクから見て左脇の方向に飛び込み、前回り受け身を取った。

 直後、武光のいた場所にはザンギャクの蛮刀が叩きつけられ、道に敷き詰められた石畳が粉々に砕けた。


(ひぃぃぃっ!? あ……危なぁぁぁっ!?)


 時代劇の殺陣たてにおいて、主役が格好良く見えるように戦いつつ、主役が斬りやすい位置を取るのは斬られ役の鉄則である。


 つまり、『この位置にいては、相手が自分を斬りにくい』というのが分かっていれば、そこに飛び込めば相手の攻撃を回避出来る可能性はぐんと上がるのだ。

 実際、片膝かたひざ立ちの姿勢からだと、横や後ろに跳んで躱すのは体勢的にかなり無理がある、真上に跳ぶのは意味不明過ぎて、もはやただのアホである。と…なれば、『相手に向かって飛び込む』という一見、最も危険度の高そうな方法こそがこの場合は最善である。

 重度のビビりではあるが、腹さえくくれば躊躇ちゅうちょ無く実行に移す思い切りの良さで難を逃がれた武光は、体勢を立て直してザンギャクに猛抗議した。

 

「あ……アホかーーーっ!! ホンマにかかって来る奴があるかーーー!!」

「何だと……? てめぇ……ふざけてんのか!!」

「はぁ!? 『ふざけてんのか』やと……こちとら真剣にビビってるちゅうねん!! ふざけんなコラーーーーー!! って、うおぉぉぉっ!?」


“ガキンッッッ!!”


 ザンギャクが真っ向から振り下ろして来た蛮刀の一撃を、武光は咄嗟に魔穿鉄剣の切っ先の辺りのみねに左手を添え、頭上に掲げるようにして受け止めたが、両腕に力を込めて、武光をそのままし斬らんとするザンギャクのあまりの剛力に思わず膝を着いてしまった。


(あかんあかんあかん!! 何ちゅう馬鹿力や、さ……支えきられへん!?)


 凄まじい圧力を支えきれずに、魔穿鉄剣を支える両腕が徐々に下がってゆく。


「ぐ……あああああっ!?」


 とうとう蛮刀の刃が武光の左肩に食い込み、あまりの激痛に武光は叫びを上げた。


「はぁ……はぁ……てめぇは……生かしちゃおけねぇ……このまま……真っ二つに……!!」


 武光に斬られた傷口から血をダラダラと流しながらも、ザンギャクが蛮刀を握る手に更に力を込めようとしたその時だった。


「火術・火炎弾!!」

「秘剣・業火剣乱!!」


「ぐあっ!?」


 絶体絶命の武光のもとにリョエンとミトが駆けつけた。

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