姫、秘剣を繰り出す


 105-①


「うおおおおおーーー!! 怖ぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」


 オーガ達に追いかけられて、武光は魔穿鉄剣を片手にマイクターミスタの街を全力疾走していた。


「くそっ、鬼共が……ぶっ殺して……はっ!? アカンアカンアカン!!」


 時折、魔穿鉄剣から流れ込んで来る、『鬼達の群れに斬り込みたい』という衝動を必死に抑えつつ、目的の場所へとひた走る。


はやるなよ魔っつん、今ヒャッハーしたら、ひでぶされてまう……後で存分にヒャッハーさせたるからな……!!)


 ……目的の場所が見えた!!


 武光は、あらかじめ偽装を取り払い、全開にしてあった隠し坑道の入り口に駆け込んだ。


「や、野郎……あんな所に隠し通路を作ってやがったのか……あのふざけた野郎をぶっ殺せーーー!!」


 ザンギャクの命令で、配下のオーガ達が武光を追って我先にと坑道に突入してゆく。


「野郎……どこ行きやがった!!」

「こっちじゃー、このボケナス共がー!!」


 武光の声を追って、先頭を走っていたオーガ達が坑道内の角を曲がったその時だった。

 通路の奥で待ち構えていた武光が、傍らに立つリョエンに対し、今まで時代劇で悪党の手下役として何十回と言い慣れた台詞セリフを吐いた。


「へっへっへ……先生、お願いします!!」


「任せてください!! 火術……炎龍!!」


 坑道内で待機していたリョエンが、オーガ達に向けて火術・炎龍を放った。狭い坑道の中を凄まじい炎の奔流ほんりゅうが駆け抜ける。

 先頭にいたオーガ達は一瞬で消し炭になり、後続のオーガ達も全身を炎に包まれて大混乱に陥った。


「よっしゃ、出番やぞ魔っつん……ひゃ……ヒャッハーーーーー!!」


 魔穿鉄剣から流れ込む闘争心の奔流に身を任せ、武光は奇声を上げながら混乱するオーガ達に襲いかかった。


 105-②


 武光達を追って、中央広場からザンギャクを始めとする大多数のオーガ達は去った。広場にいるのはわずかに八体。

 ミトとナジミ、そしてマイク・ターミスタ防衛軍の面々はその隙を突いて、人質を救出すべく、中央広場に突入した。


「オーガ達は私が成敗します!! ナジミさんと防衛軍の皆さんは人質の解放と誘導を!!」


 宝剣カヤ・ビラキをさやから抜き放ちながら叫んだミトだったが、その眼前に、八体のオーガが立ち塞がった。


「おっと、そうはいかねぇ!!」

「おうおうおう!! 人間の小娘が随分とナメた口を利くじゃねぇか!!」

「勇ましいのは結構だがよ、俺達ゃ女子供だろうと容赦はしねえぞ!!」

「へっへっへ……若い女は特に美味いんだ……腹わた引きずり出して食らってやるぞ!!」


 オーガ達がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべたが、ミトは全くもって意に介さない。


「ふん!! 貴方達……光栄に思う事ね、貴方達のような、私と口をくのも烏滸おこがましい下賎げせんやからが……私の剣のさびになれるのだから!! カヤ……『アレ』をやるわよ!!」

〔えぇっ!? あ、アレをやるんですか……や、やめませんか? こんな下賎の者共には勿体無いですよ……〕

「つべこべ言わない!! 貴女も淑女しゅくじょなら気合いと根性をみせなさい!!」

〔……わ、分かりましたよ……やります!!〕


 ミトが両手に耐火籠手たいかごてを装着し、右手で宝剣カヤ・ビラキを持ち、左手を刀身にかざすと、カヤ・ビラキの刀身が紅蓮の炎をまとった。


「行くわよ!! 秘剣……《業火剣乱ごうかけんらん》!!」


 炎を纏ったカヤ・ビラキを手に、ミトは突進した。


「はあぁぁぁっ!!」


“ズバッ!!”


「やあぁぁぁっ!!」


“ザンッ!!”


「せいっ!!」


“ザシュッ!!”


 桜吹雪の如く、乱れ舞う火の粉の中で、オーガ達が次々とミトに切り捨てられてゆく。

 最強の金属、皇帝鋼の刃を持ち、ただでさえ凄まじい斬れ味を誇る宝剣カヤ・ビラキに、火術による炎を纏わせる事で更に攻撃力を増加させる……これこそ、ミトがリョエンから学んだ火術を元に編み出した、秘剣・業火剣乱である。


「……たあぁぁぁっ!!」


“ザンッ!!”


 最後の一体が倒された。それを見ていた防衛軍の面々と人質に取られていた住人達は歓声を上げた。


「皆さん、もう大丈夫です!! あとは防衛軍の皆さんの指示に従って、ここから避難してください!!」


「さぁ、こっちだ!!」

「怪我人はいないかー?」

「慌てないで!!」


 防衛軍の先導で、街の住人達が全員退避したのを確認したミトは仮面の下でニヤリと笑った。


「フッ……流石は私ね!! 魔王を討伐し、武光と再戦する時が来たら……この秘剣で、けちょんけちょんにやっつけて泣かしてやるんだから!!」


 ミトは決意に燃えていた。武光をあの時の自分と同じ目に合わせてやるのだ、と。


 そうすれば、もしかしたらアイツも私と同じように、私の事を──


〔ひ、姫様……も、もう限界です……熱っっっ!! ムリムリムリムリ熱い熱い熱い熱い熱ーーーーーい!! ひーっ!!〕

「あっ、ごめんなさいカヤ!! 今すぐ消すから!!」


 ミトは慌てて広場中央の噴水にカヤ・ビラキを突っ込んだ。


“じゅっ!!” という音を立てて、刀身を覆っていた炎が消えた。皇帝鋼で作られた刀身は、この程度の事ではビクともしないとは言え、只の剣と違って、魂を持つカヤはたまったものではなかった。


〔ぜぇ……ぜぇ……し、死ぬかと思った……〕

「だ、大丈夫……?」


 体に火をけられて大丈夫なワケあるか!! と、言いたい所だが……淑女たる者、常に優雅さを失ってはならない。淑女のツラい所である。

 それに……愛するイットー・リョーダンは次に戦えば折れると分かっていたのに、それでもなお、自分の命を顧みずあるじを守ったのだ。それに比べれば……この程度の熱さなど……!!


〔ひ、姫様もまだまだ精進が足りませんね。これしきの炎……私の愛の炎に比べれば……種火みたいなものですっ!!〕

「もう、強がり言っちゃって……素直じゃないんだから!!」

〔……姫様だけには言われたくありませーん〕

「……何か言った?」

〔いえ、何でもありません!! 武光さん達の援護に行きましょう!!〕

「ええ!!」


 ミトは、武光を援護すべく駆け出した。

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