風の神、顕現(けんげん)する


 22-①


 セイ・サンゼンの南東約10kmにあるイクロさん、その山のいただきに、この地域で古くから信仰を集めている風の神《ドルトーネ》をまつる、《風の神殿》は存在する。


「おお……」


 武光は風の神殿の威容に思わず声をあげた。

 この白亜はくあの神殿は、アスタトにあった石造りの壁に囲まれた神殿とは違い、ギリシャのパルテノン神殿のように、繊細せんさいな彫刻のほどこされた十二本の円筒形の石柱が、円形の神殿の外周を支えているという構造をしていた。


 ナジミによると、壁が無いのは『風の神様がどこからでも入れて、どこからでも出て行けるように』との事らしい。


 その神殿の中心に立てられた神像の前に二人はやって来た。神殿と同じ、白亜の神像は鎧をまとい、手に大きな軍配型の団扇うちわを持った仁王像のような姿だった。


「じゃあ、武光様今から風の神様を呼び出しますね」

「うえっ……これ出てくんの!? めっちゃ恐いやん」

「これって言わない!! 指も差さない!!」

「……はい」

「じゃあ武光様は私が良いというまで目を閉じていてください。守らないと目をやられますよ!!」

「マジか!? わ、分かった!!」


 神様おっかねぇ!! と思いながら、武光はまぶたをキツく閉じた。


 ……不意に、風がふわりと武光のほおを撫でた。


 さっきまで無風状態だった神殿に四方八方から風が吹き込んで来る。風はどんどん勢いを増し、武光は嵐の中に放り込まれたような錯覚さっかくおちいった。このままでは吹き飛ばされてしまう!!


 そう思って思わず目を開けそうになったところで、ナジミに『目を開けても良いですよ』と言われ、武光が恐る恐る目を開けると、神像の前に淡い緑に輝く光の玉のようなものが浮いていた。


「やぁ、僕の名前はドルトーネ……風の神だ」


 神様? この光の玉みたいなのが?

 武光は神像と目の前の神(?)を見比べ呟いた。


「……全っ然似てへんやん」

「あっ、やっぱり君もそう思う? 作ってくれた人には申し訳ないけど、感性を疑うよねー、コレ。風に形なんて無いのにさ」


 そう言ってドルトーネはケラケラと笑った。風の神は思いの外フランクだった。武光と風の神が笑っている所で、ナジミがおずおずと切り出した。


「ところで……ドルトーネ様、お頼みしたい事がござまして……」

「ああ、知ってるよ。間違って連れて来ちゃったんだろう?」

「えっ!? どうしてご存知なんですか!?」

「やだなー、僕は風の神だよ? 風のうわさで聞いたのさ。それにしてもナジミ、君のそそっかしさは感心しないな」

「あわわ……も、申し訳ありませんっっっ!!」


 風の神に怒られてナジミは深々と頭を下げた。


「色々風の噂が届いてるよ? 『よく持ち物を落として帰ってくる』とか『何も無い所でよく転んでる』とか『ドジ巫女萌え!! ( ;´Д`)ハァハァ…』とか……」

「本当にすみませんっ!! ……って言うか最後のは何なんですかっ!?」

「……でもまぁ、君の場合はそれ以上にたくさんの良い噂も聞いている。そのそそっかしい所を直せば良い神官になれると思うよ。かつて、異界渡りの書を作成する為に僕のもとを訪れた君のお父上のように」

「……はい。ありがとうございます!!」

「では、異界へ渡る為の力を分けてあげよう。でもナジミ……その前に一つだけ質問がある」

「はい?」



「……そこの彼、本当に唐観武光本人かい?」

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