聖剣、主を選ぶ



 21-①


 傭兵達が山から戻ってきた翌日、街の中央広場では、アクダによる傭兵達の論功行賞ろんこうこうしょうが行われようとしていた。


 居並ぶ傭兵達を前に、アクダ=カインは笑みを浮かべていたが、内心苦り切っていた。

 血気にはやった傭兵共をごまに、魔物共の戦力を削り、敵の軍勢が弱った所を自分が指揮する軍で制圧して、手柄をあげるつもりだった。


 ところが、目の前の傭兵共は敵の戦力を削るどころか、そのまま攻め上がり、なんとたった1日で風の神殿を奪還してしまったのだ。


 アクダの率いる軍勢は一戦も交える事無く、奪還した風の神殿に守備の兵を残して、セイ・サンゼンに戻ってきた。しかも、戻ってきた際に、自分が軍勢を引き連れて街を手薄にしてしまったすきを突かれて、セイ・サンゼンへの敵の別働隊の侵入を許してしまったという報告を受けた。


 幸いにして、その敵の別働隊も街に残っていた傭兵達が撃退して街の被害は微々たるものだったのだが、これでは手柄を上げて出世どころではない、それどころかクツーフ・ウトフ城塞の上層部から『寄せ集めの傭兵達でも1日で陥せた砦を今まで陥せなかった上に、敵の動きを見落として街を危険に晒した無能』という烙印らくいんを押されかねない。


 悪知恵を絞ってのし上がってきたこの男は、何とかして手柄を自分のものにしようとした。その為には、何はともあれ状況の把握である。上層部に報告する際に食い違いがあってはマズい。

 アクダは傭兵達に同行している監査武官達に命じた。


「この者達の戦功を報告せよ」

「ハッ……日輪三本槍、私を含めて総勢四名、死者無し、オーク討伐数16であります」

「蒼月傭兵団、総勢八名、死者三名、オーク討伐数14」

「烈火紅蓮隊、総勢六名、死者一名、オーク討伐数19」

「水竜僧兵団、総勢八名、死者一名、重傷者二名、オーク討伐数17」

「ユグドラシル、総勢四名、死者無し、重傷者一名、オーク討伐数10」

「国土を守る会、総勢十名、死者無し、重傷者五名、オーク討伐数18」

「麗しのッッッ……黄金騎士団ッッッ!! 美の化身三名ッ、死者無しッ、華麗にオークを討伐した数……23ッッッ!!」


 各団体に同行している監査武官達が、次々と戦功を報告してゆく。次は武光達の番だ。


「そう言えば名前を考えてなかったわね……そうね、《二輪の華とヘボ剣士(仮)》……」

「ちょっ、ジャイナさん!? その名前はやめましょうよ!! えーっと……ぶじんだん……そう、《武刃団ぶじんだん》にしましょう!!」


 ジャイナが付けたあんまりなネーミングに武光は待ったをかけた。


「ま、何でも良いわ。じゃあ、武刃団……総勢三名、オーク討伐数……えーっと……いっぱい斬ったわ!!」

「それでも監査武官ですか、貴女達の討伐数は22ですよ。貴女が12匹、お芋ちゃんが10匹です」


 ジャイナのあまりに雑過ぎる報告に、黄金騎士団のヤウロが助け舟を出した。残るはリヴァル達だけだ。


「ダント=バトリッチ、報告させて頂きます。リヴァル戦士団、私を含めて総勢四名、死者無し、オーク討伐数…………214です」


 アクダは耳を疑った。


 馬鹿な、あの山には300匹を超える魔物が巣食っていたのだ。その大半をリヴァル戦士団が壊滅させたというのか!?


「と、討伐数214だと……? そんな馬鹿な話があるか!! さては貴様、聖剣欲しさに虚偽の報告をして……」


 そこまで言って、アクダは気付いた。リヴァルの周りにいる他の傭兵団の誰一人としてリヴァル戦士団の報告を否定する声を挙げないのだ。


 ここにいる傭兵達は皆、のどから手が出る程、聖剣を欲しがっていた。もし、どこかの団体が少しでもサバを読もうものなら、ってたかって叩くはずだ。


 傭兵達は沈黙を続けている。リヴァル戦士団の報告は……真実だ。


 アクダは戦慄せんりつすると同時に、こうも思った。この者達を自分の配下に加えれば、出世の道が開ける。

 全滅した事にでもして、リヴァル戦士団の存在を揉み消し、元から自分の配下だったという事にしておけば、風の神殿の奪還も、こやつらを指揮した自分の手柄という事に出来る。


 奴らも嫌とは言うまい。何しろこちらには、聖剣イットー・リョーダンという、奴らを釣る為の最高のえさが……無くなっていた。


 アクダは慌てた。中央広場に安置されていたはずの聖剣が無くなっている。


「せ……聖剣が無いいいいいっ!? 聖剣は……イットー・リョーダンはどうしたーっ!?」

「あっ……すんません」


 二輪の華とヘボ剣士のヘボ剣士がおずおずと丸太を取り出した。よく見たらあの丸太は聖剣が刺さっていた杭だ。大方、聖剣を抜こうとして失敗し、仕方なく杭の根元をへし折ったという所だろう。


「き、貴様……何という真似を……このヘボ剣士が!!」

「あぁ!? どこぞのボンクラが街をガラ空きにしたせいで、バケモンに襲われて聖剣使わなあかんようなったんやんけ!!」

「ぐぬぬ……」

「あっ、そや」


 苦虫にがむしつぶしたような顔をしているアクダをよそに、武光はすたすたとリヴァルに近付いた。


「ヴァッさん、これ」

「ああーっ!!」


 武光がリヴァルにイットー・リョーダンを差し出したのを見て、アクダは思わず声を荒げた。


「あーもう、何すか? 『一番活躍した奴に聖剣やる』言うてたやないすか。ねぇ、皆さん?」


 武光が周囲の傭兵達に同意を求めると、傭兵達は大きく頷き、『聖剣はリヴァルのものだ』とか『彼こそ真の勇者だ!!』という声が次々と上がった。


 しかし、リヴァルは武光からイットー・リョーダンを受け取ろうとはしなかった。


「武光殿、私は聖剣などどうでも良いのです。私はただ、この地に巣食う魔物を打ち払い、人々の恐怖と苦しみを取り除きたかっただけなのですから」


 傭兵達から感嘆かんたんの声が上がった。そして、それはいつしかリヴァルコールへと変わり、最終的に胴上げにまで発展した。


 駄目だ、この雰囲気と状況で聖剣を取り上げるのはとてもじゃないが無理だ。思惑おもわくつぶされたアクダは、武光に怒りと憎しみのこもった視線を向けた。

 そんな事はつゆ知らず、武光はイットー・リョーダンにこっそり話しかけていた。


「……ヴァッさん、めっちゃええ奴やろ? 絶対自分の事も大事にしてくれるで」

〔……〕


 一方、リヴァルは興奮覚めやらぬ傭兵達に待ったをかけた。


「皆さん待ってください、確かにアクダ殿は一番の武功を立てた者に聖剣を授けると言っていましたが、それはあの人が勝手に言った事、一番肝心な聖剣の意思を聞いていません」


 それに対して、イットー・リョーダンは答えた。


〔良かろう。新たな我が主の名を伝える……〕


 傭兵達が静まり返った。


〔我が主の名は……唐観武光ッッッ!!〕

「ヴァッさんおめでと……って、待て待て待て!! あっ、皆さんちょっとタイムです。しば御歓談ごかんだんを……ははは」


 武光はイットー・リョーダンを持って急いで物陰ものかげに隠れると、柄頭つかがしらの宝玉を “ペチン” とはたいた。


〔痛っ!? 何するんだよ!?〕

「何するんだよやあるかい!! 何で俺やねん!? あっ、アレか。ホンマは聖剣ちゃうっていうのがバレるんが怖いんか? 大丈夫やって、ヴァッさんめっちゃええ奴やから笑って許してくれるって。それに、自分めちゃくちゃよう斬れるやん、もっと自信持てや。ヴァッさんと組んだら無敵やで」

〔……確かに彼は、勇敢で、強く、優しく、賢く、正義感もあって、しかも絶世の美男子と、非の打ち所が無いまさに英雄の器だ。彼と君では、宝石と石ころ、獅子と野良猫くらいに差がある〕

「や、やかましわっ!! ほんなら尚の事ヴァッさんと組んだらええやんけ!!」

〔……でも君は、気の遠くなるような年月の中で、初めて僕を必要だと言ってくれた。石ころだろうと、野良猫だろうと、僕は……僕を必要としてくれた人の為に働きたい!!〕

「武光殿……?」

「あっ、ヴァッさん……」


 武光が振り返ると、リヴァルが様子を見に来ていた。


〔青年よ、我の主はやはりこの男で決まりだ〕

「ちょっ、おま──」


 それを聞いて、リヴァルは笑顔でうなずいた。


「そうですか。武光殿、こちらへ」

「えっ、ちょっ──」


 リヴァルは武光を物陰から連れ出すと、居並ぶ傭兵達に言った。



「皆さん聞いてください!! 聖剣イットー・リョーダンが新たな主として、我が友……唐観武光を選びました!! 彼はわずか数名でこの街の人々を魔物の群れから守り抜いた英雄です。皆さん、魔王討伐を目指す同志として、我が友に祝福を!!」


 傭兵達と見物に来ていた街の人々から歓声が上がった。


「えっと……あの、どうも……ははは」


 拍手と声援に、武光はぎこちない笑顔を浮かべつつ、イットー・リョーダンを頭上にかかげて声援に応えた。


「でも、ヴァッさん……ホンマにええんか?」

「ええ!! それより、聖剣イットー・リョーダン」

〔何だ?〕

「武光殿をしっかり守ってくださいね、彼は私の大事な友人ですから」

〔うむ、任せておくがよい!! この……無敵の聖剣にッッッ!! って痛っ!?〕


 イットー・リョーダンは再び武光に柄頭つかがしらの宝玉をはたかれた。


「全く……調子乗んなお前は!!」

〔痛てて……ま、これからよろしく頼むよ、武光〕

「おう」



 武光は 聖剣イットー・リョーダンを 手に入れた。



「……さてと、いろいろありましたけど、いよいよ風の神殿ですね、武光様!!」

「おう、行こか。ナジミ、ジャイナさん……ってあれ?」


 またしても、ジャイナの姿が消えていた。


「どこ行ったんやろ……まぁ、ええか。どうせ一旦街に戻って来るし、俺らだけで行くか」

「はい!!」


 武光とナジミは宿屋に置手紙を残すと、風の神殿へ向けて街を出た。

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