第45話

「そういえば、アンタが追われて来た国の名はなんだ?これでも以前はあちこちを旅してたからな、聞き覚えがあるかもしれない」


 雨が止むまでは出発は見送った方が良いとゼロに言われ、自分に割り当てられた部屋に戻ったサイグは、ミストにそんなことを聞いた。


「あの国に戻るつもりはありませんが……そう言うならお教えします」


 そうしてミストから聞いた国の名は、サイグが以前訪れたことのある国だった。


「ああ、その国なら行ったこともある。国王に少し貸しもあるから、俺が直談判すればわかってくれるかもしれない……しかし竜狩りだなんて、あの爺さん、そんなことをするような人じゃなかったはずだけどな」


 顎に手を当てて考え込むサイグを見て、ミストは首を傾げた。


「爺さん?ああ、国王が変わる前に訪れたのですね」


「国王が変わったのか、爺さん、あんなに元気だったのに」


「ええ、数ヶ月前に。そうして、私の討伐令が出されたのです。今までは国の守護竜だと祭り上げていたのに、人というのは、勝手なものですね」


「守護竜か、爺さんから話しを聞いた気もするな、あの時は急いでたから、よく覚えてないけど」


 急いでいた、というのは、アークと、サイグの本来の敵であった竜がいた世界の果ての淵への道のりである。神に与えられた使命を達成しようとしていた当時のサイグは、何かに取り憑かれたようであったことだろう。


「しかし、いくら国王が変わったとはいえ、今まで祀ってきた存在を討伐しようとするなんて、国民から不満が出たんじゃないか?」


 サイグの問いに、しかしミストは目を瞑り、静かに首を振った。


「滞在した期間が短かったのならサイグ様がご存知ないのも無理はありませんが、この数年、あの国は不作に見舞われていたのです。前国王はそれの対策を打つことが出来ず没し、現国王は、不作の原因が、守護竜である私の力不足……いいえ、私が国を滅ぼそうとしていると吹聴し、不満の矛先を私に向けました」


「なっ……!」


 サイグの心に、戸惑いと憤りが同時に沸き上がる。気付いた時には、声を荒げていた。


「馬鹿げてる!勝手に信じておいて、勝手に裏切られたって思い込んだってのか!?何の筋も通っちゃいない、理不尽にも程があるだろう!!」


「……あの国の民は、信仰に真摯でしたから」


 そんなサイグを、ミストは悲しげな笑みと口調で窘めた。彼女に何を叫んでも無駄だと遅まきながら理解したサイグは、一瞬息を詰まらせた後、溜め息を吐く。

 もしこの場にアークがいたなら、「よくあることだ」とサイグを止めただろう。強大な竜は、しばしば神と同様に人々の信仰の対象になる。目に見えぬ神よりも、そこに確かにある大きな力の方が、只人には理解しやすいのだ。そして、信仰の対象というのは往々にして、理不尽な怒りと共にこう罵られる。「裏切ったな」と。


「ミストには悪いけど、俺はあの国に行こうと思う。一言言ってやらないと気が済まない」


「人型を取った私の外見は、まだそう知られてはいないでしょう。サイグ様がそうしたいなら、お好きに」


 ミストの言葉を聞きながら、サイグは窓から雨が降りしきる外を見た。それが、早く止むことを望みながら。

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