第44話
「ふむ、この雨の中そんな美女を連れて帰ってくるとは、英雄色を好むというし、否定するつもりは無いが、声が響くようなら言ってくれ、防音の魔術は隠れ家で探究する者にとっては基礎だからな」
サイグがカールの家に戻り、玄関先でサイグが女と二人でいるところを偶然見とがめたゼロの第一声がこれである。理解と気遣いのある発言だが、そもそも前提に間違いがある。
「違う、俺は確かに女性に好かれることは多かったが、節操が無いわけじゃない。そもそも彼女は……」
「女の身の上話は遠慮してほしいな、それで情に絆されるタチでも無い」
「身の上話って……いや、広義のそれには入るのか?」
真剣に悩み始めたサイグを見て、ゼロは呆れ顔で溜め息を吐いて先を促した。
「お前は素直過ぎる。皮肉交じりの冗談だ。で、そこの彼女がどうした。厄介事か?」
「ただの罵倒のし合いとかなら兎も角そういうのは苦手なんだよ。あーまあ、厄介事かな、彼女、竜だそうで、勘違いから追われてるらしいんだ」
「は?」
アークならあるいは吸血鬼の特異な感覚か、熟練の魔術師としての分析力で見抜いたかもしれないが、ゼロの場合、ただの人形師でしかない。何かの手による被造物であるか否か(そもこの世界の大体のものは神による被造物であることはおいておいて)は見分けられるだろうが、竜が種族を偽っている場合は無理な話である。
「うーん確かに見事な竜だねえ、しかも血を浴びてないし、財宝に酔ってもいない。良い素材になりそうだ」
その声の主は会話を聞きつけて研究室から出てきたカールのものだ。その目は竜の美女の身体を値踏みするようで、嫌悪感を抱かざるをえない。女もそれに気付き、腕で身体を隠すようにした。
「そんなに警戒しなくても良いのに。ボクはセーラ以外の女の身体に興奮しないし」
「「それはそれで問題だろう」」
「綺麗なハーモニーをありがとう。ゼロくんのソプラノとサイグ君のテノール。良い合唱やデュエットが出来ると思うよ。で、その子はどういう用件でウチに来たの」
顎をしゃくって竜の女を示す。咄嗟にサイグが説明しようとする。
「ああ、この子は……住処を追われてここまで逃げてきて……でも別に人を恨んでるとかじゃないからええっと」
「聞かずに連れてきたのかい。というかもしかして名前も聞いてないのかい」
しろどもどろになるサイグを見て、アークは素直に驚愕と呆れの混ざった表情で言った。完全に図星であり、竜殺しの英雄は黙り込む。
「も、申し訳ありません。私は霧の竜、あるいはミストと呼ばれています。人が付けた名ですが、呼び名に困るならそうお呼びください。用件はというと、出来ればほとぼりが冷めるまで匿ってもらうか、新たな住処を探してほしいというか。私も竜の端くれ、財宝なら作れます。報酬はそれで」
「なんだかセーラと口調が被ってて腹が立つけどまあいいや。竜の財宝は貴重だしね。うん、いいんじゃないかな、やったげなよサイグくん」
「アンタは手伝ってくれないのか」
「君が持ってきた案件なんだから君が片付けるのが道理だろう。君は
厳しいが、間違ったことは言っていない。いつまた教会の手の者が来るともわからないのに、カールを放っておくというのは危険が過ぎる。サイグもこれに対して怒る程愚かではない。
「わかった。この件に関しては俺一人で処理する。ゼロ、お前はカールの側についていてくれるな」
「無論だ、しかし本当に危なくなったなら例の人形を使え。お前に死なれたらアークがどうなるかわからん。あれはあれでお前を気に入っているようだからな。何、信じろ、私もお前を憎からず思っている。私と同じ感性のアークが違うということもあるまいよ」
「突然甘い言葉をかけられると裏があるんじゃないかと考えてしまうが、まあここは素直に受け取っておこう。そういうわけだミスト、君の頼みはこのサイグが承った」
英雄らしく高らかにそう告げると、ミストは深々と頭を下げた。金糸の髪がサラリと肩から落ちる。
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
竜の一生は長い。それを使った恩返しがどうなるかは、その場の誰にも想像出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます