第43話

 女を追ってきた男達はサイグの周囲を円形に囲み、各々の得物を手にする。


「……どんな事情があるかは知らんが、大の男が一人の女とただ巻き込まれただけの堅気の人間を取り囲むってのは穏やかじゃないな。それも町中でときた。今日はこんな天気だから良いが、普段なら民衆に囲まれてるのはそっちだぞ」


 両手を挙げて降参のポーズを取りながら、サイグはそんな軽口を言った。しかし男達は聞く耳持たず、雨に濡れた粗雑な武器をぎらりと獰猛に光らせる。


「うるせぇ!関係無いって言いたいならその女を渡しやがれ!」


「それは無理な相談だな。そういうタチでね、真摯な願いを無条件に聞いてしまうんだ」


「ちっ、スケコマシかよ!構わねえ!野郎共、かかれ!」


「……お前達のようなチンピラの反応、いつもそんな感じなんだが、何か暗黙の了解でもあるのか?」


 一人目の攻撃をひらりと回避しながら、正直な感想を口にする。大ぶりの攻撃を回避された男は体勢を崩し、その隙に鳩尾に拳を叩き込まれ、気絶した。サイグの左腕はしっかりと女の肩を抱いており、男達に奪われないよう守っている。


 その後も男達は果敢に攻撃を繰り返したが、英雄の技量に勝てるはずもなく、サイグに剣を抜かせることすら出来ずに全員が地面に倒れ伏した。


「お強いのですね」


 その光景を見ていた女が思わずそう漏らした。


「最近俺より強いやつばかりが回りにいたせいで自覚が薄れてきてるけどな。で、アンタは一体なんなんだ。面倒事に巻き込まれているってのはわかるが」


 当然の疑問を口にしただけだったが、目前の女は首を傾げ、その後、サイグを困惑させる一言を投げかけた。


「あなたならわかるんじゃないですか?だってあなた、竜でしょう?」


「……俺のどこが竜に見えるんだ。頭でも打ったか?」


「だって、同族の匂いがします。人間の匂いも強いですが……人間に混じってくらしているのですか?」


 同族?と一瞬考え込んだが、サイグの決して遅くはない(というか英雄なのだからただの人間とは比べるべくもない)頭の回転は、それがジルトのものであると理解した。匂いなど感じたことはないが、彼ら彼女らにだけわかる独特なものがあるのだろう。


「しかしそうなると、アンタ、竜なのか。人が変わったように思えた王国のお姫様が実は悪しき竜が化けていたものだった……なんておとぎ話は聞くが、まさか本物の出くわすとは」


 顎を撫でながら、サイグは女の身体を上から下までじっくりと見る。どう見ても人間の美女である。雨に濡れてなお輝くように流れる長い金髪と、サファイアのような瞳、常人であらばしばらく心を奪われて放心するだろう美貌は人間離れしたものではあるが。


「私は悪い竜などではありません」


 怒りは無いようだが、確かな批難のこもった視線と口調で言われる。サイグはすぐに頭を下げた。


「それは失礼。しかしそれなら何故追われていたんだ?」


「何やら私の巣穴の周囲の街で、霧に潜む竜を殺せという指示が出たらしく……いつも通り霧と霞を食べながら過ごしていた私の寝床に突然攻めてきて。私は若く、しかも強さを高めようと生きてきた竜ではありませんでしたから、命からがら逃げてきました。竜の姿では目立ちますから慣れない魔術まで使って人に化けて……」


「完全に被害者ってわけか。しかしそうなるとこいつらを生かしておくとろくなことになりそうにないな、俺に殴られたのをダシにして、あの竜は本当に悪しき竜だった、何が何でも倒すべきだなんて言われた日には……そんな顔をするな」


 女が泣きそうな顔をしているのを見て、サイグは話を中断して彼女を慰めざるをえなかった。竜だというのに随分弱々しい、アークが見たら逆に興味を持ちそうだなどと益体も無いことを考える。


「こんなチンピラどもが言うことを誰がどれだけ信じるものか。まあリスクがあるのは間違いないが、いくら悪党でも人を殺すのは俺も遠慮願いたい」


「私もそんなことは望みません。それを成り行きで助けてもらった竜に頼んでしまったら本当に悪竜の烙印を押されてしまいますし」


「だから俺は竜じゃない。色々あって近くに竜がいるだけだ。と、こんな雨の中立ち話もなんだな、とりあえず俺が拠点にしているところに連れて行っても大丈夫か」


「近くに竜ですか。そういうこともあるんですね。ごめんなさい、何から何まで。なるべく早くどこかに行きますから」


 こんな案件、アークか、せめてゼロに相談しなければやっていられないと心中で本音を漏らしながら、サイグは女とともに帰路についた。

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